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ミンミンと忙しなく鳴いている蝉は、この暑さでは聞き苦しいものとしか思えないため、苛立ちを増す存在だ。
練習が午前で終わって帰宅し、シャワーを浴びてからベッドに寝そべっていると扇風機しか置かれていないこの部屋が、ひどく億劫になってきた。
なぜかって、理由はひとつ。
それはただ単純に、"暑いから"だ。

ゴロゴロしつつ「あー」と嘆いてみたところで身体を動かすだけのその行為は自殺行為となり、暑さが増していく。
クーラーの付いているリビングにでも行けば良いとは思うものの、疲れているから動きたくもないし、あんな狭いソファーに横になるのも好ましくはない。

かと言って、涼みを求めるためだけに友人を誘ってどこかに出掛けるような気力も残ってはいないし…。
もしかしたらこのまま寝てしまった方が正解なのかもしれない、とも思う。



「ん?」



暑さからくる苛立ちで内心舌打ちをした直後、携帯が短く震える。
それはメッセージの着信音であり、差出人の名前を見たら暑さも疲れも一気に吹っ飛んだような気がした。

差出人は、まいか。
夏休み中は俺から誘ったときと海に行ったときくらいしかやり取りはなかったから、なおさら嬉しいと思ってしまう。
我ながら単純だ。

「今から会える?」とだけ書かれたメッセージに即座に肯定の意を込めた返信を送ると、まいかは学校からわりと近くに設置されているファミレスを指定して来たので、着替えてそこへと向かう。

さっきまで居た学校にリターンかよ、とは思うものの、向かう足取りは軽い。
自転車に跨って爽快に坂を駆け下りた。







「そう言えば、練習は休みだったの?」

「いや、午前中までだったんだ。」

「そう…。それなのに、わざわざ呼び戻してごめんなさい。」

「良いよ、どうせ暇だったし。」



ファミレスに到着すると、そこには既にまいかが居て。
急いで来たのを悟られないようにはしたが、「もしかして急いで来たの?」と言われたため見事にバレた。

俺はウーロン茶を、まいかはブラックのアイスコーヒーを頼んでから「それで用事は?」と話しを切り出す。
俺に用があったから、まいかは俺のことを呼び出したんだろう。
まいかがブラックのアイスコーヒーなんて大人の飲み物を飲んでいるのに対して俺はウーロン茶だなんて情けない、なんて思っていることは秘密だ。



「あと1週間で都大会でしょう?」

「ああ。」

「だから、これ。」

「…え?」

「これ…。はじめてだからすこし歪だけど、私も…誰かのためにこういうものを作ってみたかったのよ。」



切り出された話題は、都大会のこと。
そして手渡されたお守り。
驚きでまいかとお守りを何回も見ていると、まいかは照れ隠しなのか顔を見せないと言わんばかりにそっぽを向いた。

「小学生の頃に読んだ少女漫画で良いなって思って」とか「要らないのなら別に捨ててくれても構わないわ」とか…。
珍しく早口で話していることから考えてみても、照れ隠し…なのだろう。
誰が捨てるものか、と思いつつ、頬が緩まないようにしながらも鞄の中に優しくお守りを突っ込んだ。



「ありがとう。これ、持って行く。」

「…ボロボロでごめんなさい。裁縫って案外難しいものなのね。」



素直にお礼を言うと、まいかは薄く苦笑いを浮かべながらも「裁縫って難しいのね」と言葉を零した。
なんでも出来る、才色兼備なまいかでも苦手とするものはあるらしい。
受け取ったお守りは、確かにすこし歪ではあったが…俺からしてみたら、その気持ちだけでも充分嬉しかった。

ようやく運ばれてきた、ウーロン茶とアイスコーヒー。
それを飲みながら、互いの気が済むまでなんてことのない会話を楽しんだ。

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