18


晴れて付き合うことになった俺たち。
けれど付き合ったからと言って特に環境が変わるわけでももなく、今日もまた、屋上でふたりのんびりと過ごしていた。

季節は秋…、夏よりも過ごしやすい。
まだ夏の名残は残るものの、その名残という暑さは程よい冷風で拭い去られる。



「零くん、そろそろ期末テストね。」

「もうそんな時期か。」

「そうよ。だからちょっと、期末テストで勝負しましょう?」

「なんの。」



不意にまいかから言われたのは、期末テストで勝負をしよう、というもの。
こんな子どもじみたことを言うようなタイプではないと思っていたが、案外好きなのかもしれない。

あまり乗り気ではなかったが、微妙な反応をしたら「零くんは自信ないのね」なんて言うものだから、その勝負に乗ってみることにした。
言っておくが、自分の学力に対して自信がないわけでは、断じてない。



「で、勝ったらどうするんだ?」

「ふふ…簡単よ。負けた人は勝った人の言うことを訊くの。どう?単純なゲームの、単純な賞品よ。」

「ほー…。」



勝負の景品として与えられたのは、負けた人は勝った人の言うことを訊く、という在り来たりな権利。
確かに、単純明快な内容ではある。

まいかに言うことを訊いてほしい、と思うことはないが、勝負に負ける自信はカケラもないから良いとしよう。
全校次席の俺の学力を侮るなよ。



「解った。」



この勝負に後悔するのは、もう少し。







「………は?」

「あら、偶然。」



期末テストの結果が返ってきた。
生徒のプライバシー保護として掲示板に貼られるようなことはなく、個別で渡される紙に順位を書いた単純な順位表。
それを見せ合って勝負を競うのだが…。

予想外のことが起きた。



「珍しく勉強したのよ。まさか…こうなるなんてね。」



学年主席はいつもどこにでも居るような眼鏡を掛けたガリ勉くんだったはずだ。
今回は俺だっていつもよりもちゃんと勉強したし、手応えはかなりあった。

それになにより、まいかはいつも上位5位以内にはいつつも俺よりは下の順位だったはずなのに。
なぜまいかが主席で、俺が次席なんだ?

当の本人は「珍しく勉強したのよ」と言って、このテストの結果に喜んでいる。
典型的なやれば出来るタイプだったなんて。

この勝負の発案者はまいかなわけで。
その勝負に勝つためにまいかは勉強した、と考えると何を言われるか恐ろしくて仕方がない。
せめて俺のプライドを崩さない内容にしてくれ。



「…はあ。負けたよ。それで、まいかは俺になんのお願いをするんだ?」



当たり前ではあるが、何度見比べてもまったく変わらない結果に俺はどうすることも出来ない。
だから自分から約束を果たすと、自我を保つために言わせてもらった(本当は認めたくない)。

俺が願いを訊くと、スッと俺に近付いたまいか。
しかも肩に頭まで乗せてきたんだ。
その甘えるような仕草に、つい戸惑いを感じる。



「…私に、キスして。」

「……………は!?」



珍しいこともあるんだな、と思っていると、まいかが驚きの言葉を口にした。
それに思わず硬直してしまい、反応が遅れたが…。
まいかは確かに、「キスして」と言った。

混乱しつつもどういうことかと考えていると、不安そうな目で「いや?」と訊いてくる。

当たり前に嫌ではない。
嫌ではないが、俺たちはまだキスなんてしたこともなかったし、まさかまいかからそんなことを言われるとは思っていなかったからこそ混乱もしているんだ。
女と深く関わったことがないからこそ、さらに戸惑う。



「本当に…良いのか?」

「…良いよ。だって私は、零くんとしたいから。」



それだけを言うと、まいかはそっと目を閉じた。
そのときのまいかは本当に儚く、危うくて…本当に、なにかあれば崩れてしまいそうにも思えて仕方がなくて。

そんなまいかに応えるかのように頬に手を置き、多少の迷いは残しつつ唇を重ねた。
それはすぐに離れてお互い視線を合わせ、そしてもう一度確認するかのように重ね合わせる。

まいかが消えないように。
俺の側から消えてしまわないように身体を包み込む。



「それと、」

「いや、まだあるのか?」

「負けた人は勝った人の?」

「…言うことを、訊く。」



気が済んで身体を離すと、さらに要求を続けるまいか。
ひとつだけだと思っていたから、油断していた。

観念したように両手を挙げると「別にひとつとは言っていないわ」と言われたので、返す言葉がない。
まったく、おっしゃる通りで…。



「これから帰るとき、絶対に手を繋いで。毎日屋上、雨のときは別の場所で私と会って。それから…。」

「(まだあるのか…。)」



まいかの願いごとは、どれもかわいらしいものだった。
叶えられないレベルのものはひとつもないし、むしろ負けたのに俺がご褒美を貰ってる気分だ。

別に邪なことを考えていたわけではないが、まいかの純粋な要求に良心が痛む。
俺は、勝っていたら何を願ったのだろうか。



「それから、何があっても…私を突き放さないで。」



まっすぐな目で、ゆっくりと告げられた要求。
これも純粋な要求とも思えるが、なんとなく…まいかの言葉には深い意味があるようにも思えた。

…そうだ、あのとき。
あのときの目に酷似している。
まいかが意味深に言った"最後の大会"。

あのときと酷似した目をしているのに、今度は何が引っ掛かるのか皆目見当もつかない。
引っ掛かりはあるもののそれに頷きで返すと、まいかは安心したように微笑んだ。



俺がまいかの言葉の意味を知るのは、数年後のこと…。

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