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今日は朝から落ち着けなくて、恥ずかしい話しぐっすり眠ることすら出来なかった。
今まで友人としか過ごしたことのないクリスマス。
それが、今年はまいかと過ごすことが出来る。

それのせいで眠れなかった、などまいかには言えない。
言ったところでばかにされることは目に見えている。

結局、ちゃんと眠れなかったこともあって待ち合わせ時間ギリギリに到着すると、待ち合わせ場所には既にまいかは到着していた。



「まいか!」

「待ちくたびれちゃったわ。」

「いつもギリギリなくせに、よく言うよ。」

「ふふ…それもそうね。」



慌てていたことを隠しつつ、冷静な風を装って声を掛けると「待ちくたびれちゃったわ」と言ってくる。
いつも待っているのは俺なのに。
でも、こうして早めの時間に来ているということが"もしかしたらまいかも楽しみにしてくれていたんじゃ"という淡い期待を抱かせてくる。

そうだったら嬉しい、かわいい、と思いながらもまいかの手を取り、歩き出す。
今日は一応プランは考えているけど…不安だ。
どことなく男慣れしていそうなまいかは、恐らくアメリカで経験を積んでいるんだろう。
そう思うとひとり不慣れな自分に、ひどく苛立った。



「零くん、どこへ行くの?」

「取り敢えず…レストラン。」

「あら、良いわね。」



あらかじめ予約していた、特別高級なんかではないレストランへと歩いて向かう。
パスタが美味しい、と評判のトラットリア。
そこは親子で経営していて、メインのシェフはまだ中学生なんだとか(すごいな)。

到着したトラットリアはファミリー向けの雰囲気がありつつも、やはりオシャレで。
中に入ると家族連れや恋人同士のお客で賑わっていた。
予約していて良かった、と思う。



「あら…あのシェフ素敵ね。」

「…堂々と浮気宣言?」

「浮気なんかじゃないわ。褒めただけよ。…それに、あのシェフは"彼女"に好意があるみたいだしね?」

「?」



席に着き、頼んでいたコースを持って来てもらうようホールの女の子に頼む。
キッチンから近いこの席では、シェフの男の子の顔がたまに見えるため、まいかの目にも止まったらしい。

せっかくデートに来ているのに、他の男を褒める言葉なんて訊きたくもない。
それに対して不貞腐れていると、まいかは俺の頬に手を伸ばして口元を緩めた。
つい口から出た"浮気"の疑いをすぐさま否定し、「あのシェフは"彼女"に好意があるみたいだしね」と続ける。

彼女、とは…と思ってホールを見ても、緑色の髪色をした女の子しか居ない。
ということは…あの子のことを言っているのだろうか。
本当に、まいかは…人が見落とすところまでよく見ているな、と感心するよ。



「だから安心してちょうだい。それに、私は零くんが思ってる以上に…零くんしか見えてないわ。」

「(…小悪魔め。)」



どこか自信満々な表情を浮かべて、俺しか見えてないのだと口にするまいか。
よくもまあ、そんな恥じらいもなく言えるものだ。
アメリカ育ちっていうのは、みんなこういうものか?

しばらくして運ばれてきた料理。
それはどれも美味しくて、手が止まらない。
お手頃価格なのに、こんなに美味しいだなんて驚きだ。

それはまいかも同じなのか「美味しい」と言ってパクパクと幸せそうなオーラ全開で食べている。
やはり、彼女は食べているときが1番幸せそうだ。



「美味しかった…。でも良いの?零くん。私、自分の分くらいは払うわよ?」

「良いから。今日くらい俺に出させろ。」



会計を済まし、トラットリアを出る。
まいかは俺が全額負担したことを気にしているようだったが、こんなときくらい男を立てさせてほしい。
しばらく考えたように視線を落としたあと俺と視線を重ねて、「ありがとう、ご馳走様」と言った。



「零くん、次もどこかへ行くの?もうそろそろお店も閉まりだす時間よ。」

「だから言っただろ?クリスマスイブとクリスマスを空けとけ、って。…意味解るだろ。」

「ああ…そういうことなのね。」



時間帯も良い感じになってきた。
手を繋いで次の目的地に向かっていると、「どこかへ行くの?」と訊いてくるまいか。

クリスマスイブもクリスマスも空けておけ。
その言葉の意味は、まいかとともに一夜を明かしたいという意味も含めていた。

別に、やましい思いがあるわけではない。
カケラもないのか、と訊かれたら返事はノーになってしまうが、それでも、何もなくても一緒に過ごす時間を増やしたかったから予約をした。



「…ねぇ、零くん。大丈夫なの?」

「大丈夫、問題ない。」



予約したホテルは、奮発した。
安っぽいラブホテルなんて絶対に嫌だったから、お小遣いや親戚に勉強を教えるちょっとしたアルバイトをして貯めたお金で、わりと良いホテルを予約したんだ。

まいかは高そうなホテルに心配しているみたいで、すこし心配そうに大丈夫かと訊ねてくる。
それはそうだ、俺たちは高校生…そんな贅沢は難しい。
だからまいかが気遣う意味も解る。

大丈夫だと言ってチェックインし、部屋に向かう。
貯めた、と言っても高校生なんてたかが知れているからこのホテルで1番安い部屋だ。
でもそれでも、中に入るとすごいと思わされた。



「…綺麗。」

「ああ…。」



見晴らしの良いこの部屋からは、綺麗な街並みを一望することが出来た。
ほんのり気持ち程度に点いた電気と、綺麗な景色。
雰囲気は最高だと思う。

渡すなら今しかないと思い、ポケットに入れていた袋を取り出して窓に張り付いているまいかを背中からゆっくりと抱き締めた。
「零くん?」と訊ねるように名前を呼ばれたけど、それは気にせず身体をすこし離して、首元に触れる。



「え…れい、くん…。」

「Merry X'mas.」



我ながらロマンチストで臭い奴だな、と思った。
だけど渡すなら今しかないとも思ったし、プレゼントがプレゼントだからこういう甘い雰囲気で渡したかった。

俺が渡したのは、シンプルで…だけどかわいいデザインをしたネックレス。
反射する窓で、何をされたのか解ったのだろう。
今まで見た表情の中でも、1番驚いている表情を浮かべて俺の方を振り返った。

耳元で「Merry X'mas.」と囁くと、首に腕を回されて反対に抱き締められる。
それに応えるように俺もまいかの背中に手を回すと、まいかの方からキスをしてきた。



「私、両親以外ではじめてプレゼントを貰ったわ。」

「喜んでもらえたなら何より。」



何度も唇を重ね、次第に深くなっていく。
不慣れではあるけど、相手を求めれば求めるほど自然と出来ている…気がする。

横抱きにしてまいかをベッドに運び、柔らかいベッドにゆっくりとまいかの身体を寝かせた。
そして再開する口付けとともに、服の中に手を差し込むとまいかの身体がピクリと跳ねる。
それもかわいく思えて下着のホックに手を伸ばしたのだけど…これが案外、難しい。



「零くん、もしかしてはじめて?」

「…悪いか。まいかははじめてじゃなくても、俺ははじめてちゃんと、女と向き合ったんだよ。」



ああ、くそ。
恥ずかしい。
まさかこんなことでバレるとは思っていなかった。

口にすれば口にするほど自滅している気がするし、気にしたらだめだと解っているが、まいかに他の男の影を見るとだめになってしまう。
情けない…そう思っていると、またまいかからやんわりと唇を重ねられた。



「嬉しいわ。零くんがはじめてなんて。私だって、零くんがはじめてよ。だから…気にしないで。」



ああ、もう、本当に。
かわいいだけじゃ収まらない。

照れたように自分もはじめてだと告白するまいかも、自分から求めてくるまいかもかわいくて。
歯止めが止まらないと言わんばかりに、今度は俺から噛み付くように唇を重ねた。

まいかとこうなるとは予想していなかった。
だけど愛おしいと思えば思うほど止まらなくて。
はじめての行為は甘く終わりを迎えた。

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