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意味が、解らなかった。

卒業式まであと僅か、という理解し難いところで高校を去ってしまったまいか。
本人ではなく担任の口から聞かされたのは、家庭の事情による急な転校、らしい。

直感で、嘘だと思った。
けれどそれと同時に、去ってしまったこと自体が嘘であれば良いとも思ってしまったんだ。

今日、学校に来ていないな、と思った。
けど最近はよく休みがちだったから深くは気にしていなかったし、またあとで連絡すれば良いと思ってたのに。



「まいか…っ、出ろよ、出てくれよ…っ!!」



屋上に走り、まいかに電話を掛ける。
何度掛けても「お繋ぎ出来ません」と言われるだけで、まいかに通じてくれない。

メールをしても、返ってくるエラーメール。
アドレスも変えて、番号すらも変えてしまったのか。

どうにも出来ないこの事態に、胸が苦しくなる。

学校を早退してまいかの家にも行ったが、そこにはまいかの姿も無ければ住んでいる気配もない。
本当に、ここから居なくなってしまったのか。

信じられない。
信じたくない。
まいかが俺に黙って消えるだなんて信じられないし、嘘であってほしいと願う。

デートで行った場所に行っても居ない。
よく待ち合わせていた場所にも居ない。

どこに行ったんだ、まいかは。
そこで冷静になり、まいかのことを思い出して行きそうな場所を思い浮かべる。

−−−アメリカからの帰国子女。

ふと思い出したのは、そんな言葉。
入学式のときに周りから言われていたものだ。



「まさか−!?」



まさかとは思ったが、そこへ行って意味がないことはないかもしれない。
急いで電車に乗って、目的の地へ向かう。
各駅で停まる電車が鬱陶しいと思ったのははじめてだ。

電車を乗り継いで到着したのは、国際空港。
アメリカからの帰国子女なんだ、もしかしたら、という可能性はあるが、それは極端に低い。

広い空港をくまなく探していると、保安検査場へ向かおうとしているまいかを見付けた。
やはり、ここだったのか。



「っ、まいか!!」

「!…零、くん…。」



まいかの周りには、誰もいない。
慌てて駆け寄り、まいかの手をとって動きを止める。
家族らしき人も見受けられなかったが、今は気にしている場合なんかじゃなかった。

言いたいことは、たくさんある。
どうして俺に言わなかった、とか、どうしてアメリカに帰るんだ、とか…。

言いたかった、全部、ぶつけてやりたかった。
でもそれが出来なかったのは、まいかも…心を痛めたかのように泣いていたから。



「…なんで、まいかが泣くんだ。」

「零くん、来てくれる…って、思わな、くて…。」



泣いているまいかの身体をふわりと抱き締めて、旋毛にキスをひとつ落とす。
おまえは、いつまで経っても秘密主義、なんだな。
震えるくらい何かを思い、抱えていても、何を考えているか俺にはなにも言ってくれない。

でも、賢いまいかのことだ。
それは無意味な行動ではないのだろう。

ここまでは感情に任せて動いていたが、まいかに会えてまいかの涙を見ると一気に頭が冷えた。
まいか、おまえは…何を抱えている?



「…ちゃんと、言ってなかったわ。零くん、私と別れて私を忘れて、他の女の子と…幸せになってください。」

「…は?」



ようやくまいかも落ち着いたと思ったら、言われたのは信じ難い言葉で。
別れる、と言われることは想定内で、嫌だというつもりだったと言うのに。

まいかは、自分を忘れろと言った。

そこまでしなくても、アメリカだろうがイギリスだろうが韓国だろうが、会おうと思えば会えるし関係を続けることだって可能なんだ。
待つ、という選択肢だって残っている。

それなのに、なぜ…。
なぜまいかは自分を忘れろと言うんだ?
突き放すな、と言ったのは、おまえだろ。



「いやだ。」

「零くん、お願い。」

「いやだ、その願いは叶えたくない。」

「だめなの。私は、零くんと同じ人間として居られなくなる。だからもう、私なんて人間は忘れてほしいの。」



いやだと否定しても、まいかはそれを押し付ける。
高校の間、ずっと興味があって、近付いて、好きになって、思い出を作ったのに。
それを忘れるなんて、それこそ無理難題だ。

それに、なんだよ。
俺と同じ人間として居られなくなる、って。
どういうことか意味が解らないし、理解したくもない。
理解してしまったが最後、俺は本当に…まいかと決別してしまうような気がしたから。



「さようなら、零くん。もう、私に関わらないで。…彼がついてこないよう、保護してちょうだい。」

「かしこまりました。」

「!?まいか…!おい、まいか!!」

「幸せな時間を、ありがとう…"降谷"くん。」



ゲートに入っていくまいかの背中を見るだけで、俺は警備員に止められてそれ以上止めることは出来なかった。
何度名前を呼んでも振り返ることはない。
立ち止まることすらない。

"降谷くん"。
久しぶりに、まいかからそう呼ばれた。
それは遠回しに親しくなったときよりも前の関係に戻されてしまったような気がして。
姿が見えなくなってからは、もうどうにも出来ない…無気力な人間となっていた。



「うそ、つき…。」



何があっても突き放すな、と言ったのはまいかなのに。
突き放されたのは、俺の方じゃないか。

ぽろぽろと溢れ出す涙。
周りの人たちはさっきのあれを見ていたのか、野次馬のように視線を向けて来る。



「うああああああ!!」



他人の目なんて、どうでも良い。
まいかが戻って来ないのなら、他人からの見た目の評価も何も俺には必要ないんだ。

無表情から変わる笑顔も、微笑みも、雰囲気も、拗ねた顔も、怒った顔も、全部思い出せるのに。
それを引き出せたのは、俺なのに…。

秘密主義なまいかを問い詰めておけば、こんなにも辛く悲しい思いはしなくて済んだのだろうか−−−。



はじめて心を許し、はじめて全てを許した女性。
そんな彼女はもう、俺の元には戻って来なかった。



- 高校編 - fin

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