02
「あの、はじめて見たときから、その…俺、如月さんのこと良いなって思っていて…。」
「そう…。」
私の野望を達成させるため、まずは第一段階ともなる職にようやく着くことが出来た。
アメリカ合衆国司法省の警察機関、連邦捜査局FBI。
私がスタートとして選んだのは、FBIだった。
高校卒業を前に日本から飛び立ち、式には出られなかったが卒業資格を得てアメリカに戻ったのだ。
それからの4年間、ひたすら努力を続けて。
FBIに入れる年齢を迎え、試験を主席で合格し晴れて連邦捜査局FBIの一員となれたのだ。
それなのに、FBIも暇だな、と思った。
色恋にうつつを抜かしているようでは、消そうと必死にもがいている組織は消し得ない。
目の前に居る青年(青年と言っても私よりは年上なのだろう)を見て、出そうになる溜息を噛み殺した。
「私、好きな人が居るの。高校の頃からずっと想い続けている、大切な人が…ね。」
告白の断り文句を口にすると、その青年は諦めた。
ずっと想い続けている人がいる、となれば誰も太刀打ち出来るとは思わないのだろう。
あっさりと話しが終われることは良い。
けれど、その話しに触れると…私の心は未だにチクチクと未練がましくも痛んでいた。
彼を想い続けていることに、嘘はない。
これからも彼以上の人間が現れるとはカケラも思ってもいないし、揺れ動くつもりもなく。
だから、私から別れを告げたのにも関わらずこうして未練がましく想い続けているのだ。
「…零くん。」
ぽつりと呟いたのは、彼の名前。
別れるとき、出会ったときに戻ろう、という意味で苗字で呼んだきり、呼ぶことはなかった名。
彼は、笑うだろうか。
自分のことを忘れろと言った女が、数年経った今でも想い続けていると知ったら。
どんな顔を、するのだろう…。
「っ!…だれ?」
念願のFBIの一員になれたのだ。
こんなところで過去に囚われ、思い悩んでいたところでまったくもって意味がない。
そう思って踵を返そうとしたとき、ふと気配を感じた。
誰か居るのか、と思って周りを見渡しても誰かの気配を感じるだけで場所までは解らない。
けれど気配を感じられたのなら、それで充分。
気を張り詰めてそこに立っていると、コツ、と靴が床とぶつかる音が廊下に響いた。
「キミはなかなかに才能があるようだな。まあ、だからこそFBIに入れたのだろうが。」
「…赤井さん。」
もしも侵入者であれば撃つ。
そう思って隠し持っている銃に手を置いていると、現れたのはFBIでの切り札、赤井秀一だった。
赤井秀一のことは知っている。
顔こそはこの前頼まれた使いではじめて見たが、彼が切り札として見られ、組織への関わりも大きく持たせようとされている人物であることは有名なこと。
他人と必要以上に関わらない私でさえも、彼の噂くらいは耳にしたことがある。
…それに、私はこのFBIで、"第二の赤井秀一"と不本意ながらも呼ばれているのだ。
噂で訊いた彼の実力には到底及ばないから不本意、ということであって、特別嫌ってはいない。
まあ、そんな異名を付けられたこともあって、彼のことはそこそこ知っていた。
「…何用でしょう。」
「ああ、キミをスカウトしにね。」
「スカウト…ですか。」
「俺の部下に、ということなんだが、どうだ?キミが持ちたければ俺の部下になった上で部下を持つ上司になれるよう、俺が推してやる。それはキミに一任しよう。」
あの赤井秀一がわざわざ気配を消して近付いてきた。
そうなると何か用があり、試す意味もあったのだろうと読んで何用かと問えば、スカウトしに来たと言われる。
私が、赤井さんの部下に?
もしくは、赤井さんの部下となった上で私がFBIの誰かの上司になれ、と…?
私はFBIに入って、まだ日が浅い。
それこそ半年ほどしか居ないと言うのに、その提案は如何なものかとも思う。
けれどもし赤井さんの提案を呑み、私が部下を持つことが出来たのなら。
そこまで自由はなくとも、ある程度の権限を使って行動することは許される、ということなのか。
もしそうであれば、話しは早い。
「赤井さんの部下となっても、私は上司として部下を持つことが出来、ある程度の自由は許される…ということと捉えますが、構いませんか?」
「ああ、それで良い。」
「そうですか…。ならば、そのスカウト…承ります。」
使えるものは使え。
アメリカに渡り、FBIになるために個人の独断で雇った恩師がそう言っていた。
今がまさにそれだ。
今は小さくとも、少しずつ大きな存在へとなれば良い。
第二の赤井秀一と呼ばれているのだから、その可能性だってこれからでもっと大きくなる。
まっすぐ見つめ、その案を受けると言うと赤井さんは小さな笑みを浮かべた。