05


赤井さんに連れて来られたのは、静けさに包まれていた店の庭だった。
少し行けば喧騒としているのに、ここは空間が違うかのように静寂に包まれていて…異次元な空間だ、とさえ思う。

綺麗な星空…とまではいかないが、なかなかに綺麗な空を見上げ夜風にあたる。
僅かに火照った身体を冷やしてくれているようで、それも心地よかった。



「酔いは覚めたか?」

「もともと酔ってませんよ。」

「フッ…。まあ、そういうことにしておいてやろう。」



赤井さんは手摺に背中を預け、タバコを咥えてからジッポで火をつける。
内心「ヘビースモーカーめ…」と毒づきつつも、赤井さんから視線を外した。

例え酔っていたとしても、軽度にしか酔っていなかったのだから。
赤井さんにこうして心配されるほど、私は酒に呑まれていなければ、アルコール自体そんなに飲んでもいなかった。

けれど、まあ…。
例え部下でバリケードしていた、とは言っても、ああいう場所は好まない。
人と触れ合う機会が増える、とかそういうものではなく、ただ単に喧騒としたもの自体が私は苦手なのだ。
だから、こうして逃げられたことに対しては感謝して良いわ、と思う。



「やはり如月は、人付き合いが苦手らしいな。周りはおまえの部下だろう。」

「赤井さんに言われたくありませんよ。あなたも女性に囲まれたところで、表情ひとつ変えなかったじゃないですか。」



赤井さんはタバコを吸い。
私は空を見上げる。

だから特に視線が絡むことはない。
けれど自然と紡がれる会話自体は、嫌な気はひとつもしなかった。
もともと怒りっぽい性格ではない、というこもあるのだろうけど。



「俺は静かに飲むのが好きなんでね。」

「私もですよ。人付き合い以前に、静かな空間で飲むのが好きなんです。」

「ほー…。奇遇だな。」

「不本意ですけどね。」

「…良い性格をしている。」

「お褒めに預かり、光栄ですよ。」



嫌味と思われることを言われたら、私も嫌味で返す。
すると赤井さんはこちらを見て「良い性格をしている」と言った。
そこで私も赤井さんを見たので、やっとふたりの視線が交差する。
赤井さんの瞳は、何を考えているのかが読み辛い…不思議な色をしていた。

私はすぐに赤井さんから視線を逸らし、ポケットに忍ばせていたタバコを取り出して火をつける。
滅多に吸うことがないので、赤井さんは私がタバコを吸うと知らなかったらしく驚いたように私を見ていた。



「…吸うのか。」

「はい。嗜む程度、ですけどね。」



もとより、好んでタバコを吸うことはほとんど無かった。
吸うときはいつも、ただ"なんとなく"でしか吸うことはなくて。
けれどなぜか、今は"吸いたい"と、柄にもなく思ってしまった。
まあ、吸ったところで害しかなく、まさに"一害あって一利なし"…といったところなのだけれど。

無意味に繰り返される呼吸。
それは深呼吸に似ており、なんとなく吸うのと同時に、落ち着かせたいときに吸うこともあったな…と思い出す。
そんなことは滅多にないから、吸う理由としては忘れていたが。



「…如月、俺は近々、奴ら組織の中に潜ることになるだろう。」

「そうですか。」

「おまえは、それをどう思う?」

「…どういうこと、ですか?」



静寂に包まれていた中、赤井さんは淡々と、「近々奴ら組織の中に潜ることになるだろう」と報告してきた。
それは予想していたことだったので「そうですか」と答えると、なぜか私にそのことをどう思うか訊いてくる。

どう思う、と言われても。
私には赤井さんのその質問の意味も解らないし、私にも組織に潜入しないかと声が掛かっていたくらいだ、赤井さんにもいずれは声が掛けられると解っていた。
だから思うこと、と言っても、強いて言うであれば私に回される仕事が増えるだろう、ということくらいだし…。

普段もそうだけど、今回に至っては本当に…赤井さんの意図が掴めない。
彼は私に、何を求めている?



「…いや、良い。今のは気にするな。」

「…赤井さんって、たまに変ですね。」



詳しくは解らないけど、あまり深くは考えない方が身のためなのかもしれない。
結局、赤井さんの意図は掴めないまま、私と赤井さんは喧騒としたあの場所へと戻っていった。

ALICE+