08
「…赤井さん、先ほどは不覚にも取り乱してしまい…失礼しました。」
「いや、構わん。…おまえの両親、だったんだろう。」
泣きじゃくる私を責めることもなく、落ち着くまで待ってくれていた赤井さん。
彼は私が落ち着きを取り戻すと、特に深入りしてくることもなくシボレーが停めてあるところへと向かった。
そして今はそのシボレーに乗り、FBI本部へと向かっている最中。
その中で、私は赤井さんに謝罪した。
FBI捜査官ともあろう私が、まさか自我を失いかけて取り乱すなんて。
そのことは一生の不覚でもあるし、申し訳ないことだとも思う。
そのせいでタイムロスをしたのだから。
赤井さんに謝罪したあとも、赤井さんは私を責めることはしなかった。
組織の人間に両親が親に居たことを黙っていたのに、それに対して深くは言及せず…ただ黙って前を見ているだけ。
組織の人間が身内に居たとなれば、それなりに何かを訊かれるとは思っていたのに、そのことには正直驚いた。
「赤井さん、何も訊かないんですね。」
「訊いてほしいのか?」
「…いえ。今はそれが有り難いです。」
すこしだけ軽口を叩くように「何も訊かないんですね」と言うと、赤井さんは変わらぬトーンで「訊いてほしいのか?」と訊いてきた。
自身で訊いておいてアレだが、訊いてこないことが今の私からしてみたら、とても有り難いことだったので素直にそれを告げると、赤井さんは再び口を閉じた。
いつか時が来れば、組織ではなく私が殺していたかもしれない両親。
その"いつか"が急に来たことで、私に襲い掛かったダメージは大きかった。
「…赤井さん、これは私の独り言です。聞き流してください。」
「………。」
赤井さんに、"これから話すことはあくまで独り言なので聞き流してほしい"と告げると赤井さんは無言のままではあったが、それを了承の意と捉え、私は今まで誰にも明かすことのなかったことを彼に話すことに決めた。
そう、これはもちろん、零くんですら知らない…私の両親のこと。
「父は元より組織の人間で一般人である母に恋をしました。そして母の存在を隠して愛を育み、私が生まれたんです。」
母と私を隠して家庭を持つ父に襲い掛かったプレッシャーは、きっと大きくて重くて、下手をしたらすぐにでも潰されてしまうかもしれないほどだったと思う。
それでも父は、私と母のことを守ろうと必死になって動いてくれていたんだ。
「どういう経緯があったかは知りませんが、後に母も組織の一員となり、父にはコードネームも与えられ…私は両親と触れ合う時間が減りました。」
幼い私にはよく解らなかったが、仕事から帰った母はくせで父を"ウーゾ"と呼んでいたこともあって。
それは何かと母に聞くことも出来ず、ただ"一種のニックネームだろう"程度にしか思ってはいなかった。
今になるとよく解る、あれは彼ら特有のコードネームだったんだ。
けれどその母と父の仕事は、明らかにふたりの精神を蝕み、苦しめていて。
嫌なものだ、とも思っていた。
「不思議ですよね。高校生になる頃には両親の仕事を理解し、両親を苦しめていたその"仕事"を消すために勉強してFBIに入って…対立したら最悪殺さなければいけない、と思っていたのに…。」
−−−「いざそうなると苦しいです。」
そう言葉を続けると、赤井さんは黙って車を路肩に停めた。
不思議に思って彼の名を呼ぼうとしたとき、不意に赤井さんからふわりと身体を包み込まれる。
そう、私は赤井さんに抱き締められた。
他人からそういう温もりをもらったのは久しぶりのことで、思わず身体が硬直してしまい、上手く言葉が出て来ない。
けれどその温もりが嫌なものだとは、不思議と思えなかった。