09


両親が死んでから、数日が経った。
流石にもう、ある程度は気持ちの整理も出来ていたし、特に問題があるわけでもないので溜まった仕事を片付けている。

あのときは上手く頭が回らなかったが、赤井さんが見たところによると、両親は自殺という形で自ら命を絶ったらしい。

手にしていた拳銃、父のこめかみから流れていた血液、母の潰れた鼻先。
それらを見た上で、赤井さんは自殺したのだと断定していた。



「特別な思い出はないけれど…。」



胸の中に確かに残る温もりは、感覚として残されていて。
ある種、思い出よりも温かくて優しい存在じゃないかと思わされた。

あの日…両親が身に付けていた小さなアクセサリーを、せめてもの形見としてそれを大事に身に付けている。

父は右手の薬指、母はネックレスにして持っていた…ふたりの結婚指輪。
私はそれを両方ともチェーンを通し、母と同じようにネックレスにした。

きっと、組織の連中が来て両親の遺体を消してしまう。
墓石などは立てられないし、ましてやここは日本ではなくアメリカ…。
綺麗なままの遺体を埋めることも出来なければ、父の故郷でもある日本に埋葬してあげることだって出来ない。
それだけは、本当に心残りだった。



「ほー…。その様子だと、どうやらもうある程度までは立ち直ったようだな。」



なんて、組織とはなんの関わりもないとしている私が、両親の死を悲しんで傷心に浸っている場合ではない。
私には私の、FBIとしての仕事もある。

デスクに重ねられた報告書類や始末書類をまとめ、自分の報告書などをキーボードを使って打ち込んでいるとマウスの右側にブラックの缶コーヒーが置かれた。
前にも言ったように、この人は匂いですぐに解るから振り返らなくても解る。

顔も見ないままにパソコンを見つめていると、「ある程度までは立ち直ったようだな」と声が降って来た。
完全に立ち直った、と言わないあたり、彼は本当に…人のことをよく見て、なおかつ観察して分析していると思う。



「ええ。仕事に支障を来すつもりはありませんから。ご安心を。」

「…そうか。ならせめて、俺の前では無理をするなよ。」

「考えておきます。」

「ほー…。それは肯定の言葉として捉えていても良いのか?」

「ご冗談を。」



パソコンに顔を向けたまま、彼…赤井さんに「仕事に支障を来すつもりはない」と伝えると、彼の前では無理をするなと不思議なことを言ってきた。
やはり赤井さんは、私のテリトリーに進入して来ようとしている。
それが怖くて、嫌だから…だから拒否していると言うのに、彼には伝わってはくれないのだろうか?

否、恐らくはそれが伝わっていても、赤井さんは無視するのだろう。
赤井さんは、私に対してはそんな人だ。

そもそも彼には、両親のことを話すつもりなどサラサラなかった。
でもまあ、あのときは両親の遺体を見て精神的にやられていたとも言えるし、赤井さんであればそれなりには推測することは可能だっただろう。
だから話さなくても、両親だったと知った赤井さんにすべてがバレるのは、最初から時間の問題だったんだ。



「おまえが頼れる奴が居ないのなら、俺がその該当者になろう。俺は本気だ。」

「…赤井さん、私はこれから予定がありますので定時で上がらせて貰います。」



ふと視線を向けるとすぐ側には赤井さんの顔があり、視線が重なると、顔も視線も彼から離せなくなってしまった。
真剣な色を含んだ彼の瞳が魅力的とも思わされたが、それ以上に、私の中の何かを刺激する恐怖も与えられる。

見つめ合った空間で紡がれた言葉は、彼の顔を見ても本気だと伝わった。
でも、だからこそ、私はその場から逃げるように立ち去ってしまったんだ。

彼の瞳は、似ていた。
あの頃の…まだ、強さと信念だけを持っていた、無知な学生時代に出会った愛しい人の瞳に、ものすごく。

愛情を知って、失う寂しさと悲しさを知ってしまった今の私と高校時代の私は、根本的なところからして強さが違う。
力的な強さは今の方が圧倒的ではあるものの、精神的な強さは昔の方が強い。

知らないままでも良かった感情を知ったことにより、人間はさらに脆くなり、儚くなって弱くなっていく。
そんなもの、FBIとして生きて行く上では不必要だと頭では解っているのに。
どうしても払拭されてはくれない弱さ。

感情のない人形みたいだ、とずっと言われ続けた私でも自覚できる。
そんな、人間らしい…弱い部分だった。

ALICE+