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彼女…如月の涙を見たのは、はじめてのことだった。
常に無表情で感情を露わにしない如月はどこか冷めきっていて。
だからなのだろう。
如月は、他人と必要以上に触れあおうとはしなかった。

何をするにも冷静に物事を見て、把握して、捉えていて。
当たり前に他の捜査官よりも頭ひとつ突出し、上に上にといく如月。
だから俺は、彼女に部下を持たせた。
彼女であれば人を従え、指示を出したり先頭を切ることが可能だと思ったから。

そんな彼女が、涙を流した。
それだけではなく、取り乱したかのように何度も名前を叫んで。



「両親、か…。」



如月が泣いたのは、組織の裏切り者として自害した両親を見て。
彼女の家庭事情など知らなかったし、そもそもFBIとなるためでもそこまで不必要に調べることなどなかった。
まあ…如月ほどであれば、そういった情報を偽るのは造作もないはず。

どんな理由であれ、彼女は大切な肉親を失ったんだ。
辛くないはずはないのだが、彼女は気丈にもすでに仕事に取り掛かっていて。
手際良く片付けられている仕事に、思わず目を丸くする。
どこまで強いと言うんだ、如月は…。

しかし、よく見ていると解る。
彼女は自分を隠すのが得意なだけであって、決して強いわけではない。
部下のこともあるからなのか気丈に振る舞ってはいるが、時たま見え隠れする…様々な感情が入り混じったような複雑な瞳の色をしているところも見えた。

息抜きする場所がないとでも言うのか。
それならば…俺がその、息抜きする場所となってやったら良い。



「フッ…。まあ、そう簡単にはいきそうにないがな…。」



タバコの煙を吐き出し、自嘲気味に溢れ出した笑み。
前に「俺の前では無理をするな」と言ったが、彼女ははぐらかすだけで、首を縦に振ることはなかった。

如月ほどであれば、きっと俺が思っていることなどすぐに見抜いているはず。
けれどそれでも、如月は俺を利用しようともしなかった。
俺が嫌われているのか、はたまた別の理由があるのか…ただ、律儀なのか。

それは解らないが、せめて俺の前でだけでも弱い部分を見せてほしい。
そう思うことは望み過ぎているのか…。

吸い切る前に近くにあった灰皿にタバコを押し付けて火を揉み消し、そのまま灰皿の中に捨てて歩き出した。

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