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「飲みに行くぞ。」



それは、突然のことだった。

こんな流れは以前もあり(確か歓迎会とかだった気がする)、突然のことに驚く私と飄々とした赤井さん。
私の記憶の中では飲み会などという文字はインプットされていないのに、赤井さんは何を言っているのか。

もしかしたら違う人に言っているのかもしれない、と判断した私は、赤井さんに背を向けて改めてパソコンと向き合う。
のだが、それはすぐに赤井さんから訂正されてしまい、あの言葉から逃れることなどは不可能そうだった。

「はあ」と溜息を溢すと、肩に置かれていた赤井さんの手がピクリと跳ねる。
気を悪くさせてしまっただろうか、と思ったが赤井さんがこの程度のことで怒るとは到底思えない。
なのでそんな反応を気にせず「行きません」と言うと、赤井さんの眉間には珍しく皺がギュッと集まった。



「俺と飲むのは嫌か。」

「そこまで言ってません。ただ、私も赤井さんも車ですよ。なので、法律的にもアルコールの摂取は出来ません。」

「ならば俺がタクシー代も出そう。それなら構わんだろう?」



ああ言えばこう言う、というのは赤井さんのために作られた言葉なのかもしれない、と思ってしまうほど赤井さんは飲み会というものを諦めてくれない。
赤井さんとは半年以上の付き合いがあるが、彼が飲み会というものを好んでいるようには思えないのだが。
それでも彼は、諦めてくれなかった。

車で来ているからだめだと言ってもタクシー代を出すと言って引かないし、もっと言えば赤井さんの目がスナイパーになっているような気がしてならない。
私は獲物ではないんですが。

結局、私は根負けしてしまい、赤井さんと飲みに行くことになってしまった。
どこか嬉しそうな雰囲気を放つ赤井さんとは逆に、私の身体と空気はどんどん淀んだものへと変わっていく。







仕事が終わり、荷物をまとめていると赤井さんからまとめ終わっていた荷物を奪い取られてしまった。
あわよくば見付かる前に退勤しようと思っていたのだが、もしかしたら見透かされてしまっていたのかもしれない。

私は赤井さんから逃げることも出来ず、今度こそ諦めの文字が脳裏に浮かんだ。



「へぇ…こんなところ、アメリカにあったんですね…。」

「珍しいだろう。如月もこういうものが好きだと思ったんでな。」

「はい、よく解りましたね。」

「そりゃあ解るさ。」



赤井さんに連れてこられたのは、日本で見掛けるような小洒落た居酒屋。
こんなところがアメリカにあったとは思わなかったので、素直に驚いた。

軽く会話を交わしながら感じる、小さな小さな違和感。
なんてことのない会話なはずなのに、なんと言えば良いのか。

続くようで続かない言葉。
恐らくはそれが違和感の正体なのだろうが、赤井秀一という人間はどこまでも掴み辛く、そして自身のことを他人に明かさない人間である。
だから気にするのも今さらなのだろう。

店員に通された個室はさらに雰囲気が良く、静かに飲むことを好む私からしてみたら心地の良い空間だった。



「俺はバーボンのロックを。」

「私はヘネシーのロックで。」

「かしこまりました。」



飲み物と軽い食事を頼み、それからは無言の空間が生まれる。
赤井さんとの無言の空間は今に始まったことなどではないので、気まずさなどは特に感じることはない。

けれど、やはり何か違和感を感じる。
それが先ほどの言葉と関わっているか、と訊かれたら頷くことは出来ない。
何故かと言えば、その違和感は赤井さん自身から放たれている空気のような気がしたからなのだ。



「如月。」

「はい。」



沈黙を破ったのは、赤井さん。
彼は流し目のまま私とは視線を絡めることはせずに、ぽつりと名を呟いた。



「俺は、おまえに興味がある。」



赤井さんが口にした言葉は、私には予想も出来なかった言葉。
そしてなおかつ、聞き覚えのあるキーワードだった。

それに対して思わず溢れたのは、「え」という弱々しい声のみ。
私のその声には、恐らく戸惑いや困惑など、様々な感情が含まれていた。

−−−興味がある。
その言葉は高校のとき、彼とのはじまりを告げる合図となったもの。
あのときと酷似している言葉と今で違うものと言えば、私には赤井さんに対しての興味がない、ということだろう。

どう返すべきかと考えているとき、タイミング良く飲み物が運ばれて来た。
これほどまでに店員に対して感謝の意を抱いたのははじめてのことだろう。

ふと過ぎった彼の姿は、運ばれて来た飲み物とともに身体の奥底深くまで蓋をするように押し込めた。

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