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すこし汗をかいたグラスの表面をサッと拭い、そのまま中にある液体を飲む。
飲んですぐにテーブルに置くと、そのグラスは氷がぶつかり、カランと刻み良い音が小さく響き渡った。

あれから赤井さんはなにも言うこともなく、静かに酒を嗜み、そして適当に並べられているツマミを口にしていて。
先ほどの言葉に特に反応することなく私も並べられた食べ物を口に運んでいた。



「如月。」

「はい。」

「もし俺がおまえを好きだと言ったら、おまえはどうする。」

「…言葉の意味を理解しかねますが。」



突然口を開いたかと思えば、またしても意味の解らないことを言う赤井さん。
興味というものはそういうものからくること、と伝えたいだけなのか。
それは私が知ることではないが、それにしても突然のこの言葉はあまりにも意味が解らなさ過ぎる。

私はどうする、と訊かれたところで答えに困るし、断ることしか想像出来ない。
それでも赤井さんは一応私の上司であって、どのように言葉を返せば良いのかも迷ってしまっている。

どうも思わない、と言えばそれまでなのだが、はたしてそれが失礼に値しないことかまでは解らない。
どう返せば良いのか考えあぐねているとそれが伝わったのか、「深く考えなくても良い」と通常通り読み辛い表情を浮かべた赤井さんから言われた。



「…もし仮にそうであったとしても、私は赤井さんを上司としか思えません。」

「そうか。如月らしい答えだな。」



深く考えず、それでも失礼のないよう言葉を選びながら言葉を紡ぐと、赤井さんは目を伏せて静かに私らしい答えなのだと言った。
どのへんが私らしい答えなのかは解らないが、赤井さんがその答えに納得しているようだったから、深くは追求しないことに決めて酒を喉に通す。

先ほどまでは特に気にならなかった沈黙も、今回ばかりはすこし居心地が悪い。
この際、意味の解らないことでもなんでも良いので会話を繋いでくれないだろうか、と思っても、赤井さんは今度こそ黙ってお酒を飲んでいた。

しばらくして頼んでいたものすべてが空になり、帰ることに。
気まずさを感じていた空間から解放されることが有り難く、肩の力が一気に抜け落ちたような感覚になった。



「赤井さん、いくらですか?」

「構わん。俺が如月を誘ったんだ、これくらい俺が出そう。」



会計のときもスマートに金を支払い、しかも奢られてしまった。
確かに上司と部下であればそれは当然なのかもしれないが、どこか引っ掛かる。
この際は気にせず奢られていた方が賢明か、と自分を納得させ「ありがとうございます、ご馳走様です」とだけ言って赤井さんの言葉に甘えさせてもらった。

程よく摂取したアルコールは、私の身体を気持ちよくさせるには充分で。
あまり思考がうまく動かない状態で赤井さんからタクシー代を受け取り、そのまま自宅へと帰宅した。

そう、だからあまり、気にしていなかった…否、忘れていたんだ。
赤井さんが私に、「好きだと言ったらどうする」と言ったことを。

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