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「…おかしい。」



あの不思議な飲み会(と言っても良いものか解らないが)のあとから、赤井さんとの距離が縮まっているような気がしてならなかった。
距離が縮まっている、と言うよりも、赤井さんが距離を縮めている、と言った方が正しいのかもしれない。

いや、そんなことはどうでも良くて。

普段から赤井さんにはすこし優しい面があったものの、最近ではそれがさらに激しくなったような気がした。
山積みにされた書類を見ると黙って手に取り、自分で消化させる。
それは赤井さんがしてもしなくても良いレベルの書類なのに、赤井さんは自然と私の負担を軽減させていた。

休み時間や残業時間にはさり気なくコーヒーの差し入れをしてくれたり、たまにランチに誘って来たりと。
私には理解しかねることばかりが最近になって続いていた。



「如月、終わったか?」

「…いえ。この案件は、まだもうすこしかかりそうですね。」

「そうか。ならそれが終わったら、昼食でも食べに行こう。」

「………解りました。」



今日だって、そう。
赤井さんは昼食の時間になると作業の捗り具合を訊ね、昼食に誘って来た。

あまり乗り気ではないが、赤井さんに嘘を吐くことは出来ない。
上司である赤井さんに提出しなければならない書類でもあるし、そもそも上司を通さねば部下は自由に動くことすら難しいのだから。
そうなると、赤井さんに嘘を吐いたところですぐに明るみにされることは安易に予想することが出来た。

誘いを受け、キーボードを叩くリズムがすこしだけ遅くなる。
あの日あのとき、何か引っ掛かることを言われたような気がするのに、あまり記憶にインプットされていない。
あの日のことがキッカケであれば、恐らくはその忘れてしまったことがキッカケとなっているのだろう。

それが思い出せない今、私にはどうすることも出来ない。



「如月さん、最近赤井さんとすごく親しいみたいね。付き合ってるの?」

「…いいえ。気のせいですよ。」



赤井さんが頻繁に誘って来るようになってから、女性捜査官からそう声を掛けられることが多くなった。
訊かれる度に否定はしているが、これがあまりにも続くと面倒ではある。

赤井さんのせい、とはあまり言いたくはないが、赤井さんのせいという事実には変わりない。
ここ最近の行動に対しての疑問…これは本人に直接訊くべき、なのだろうか。







「赤井さん、何故最近、私によく声を掛けるようになったんですか?」



思い立ったら即行動のタイプな私は、早速今日のランチで訊いてみた。
ランチに誘ったわりにはコーヒーだけを飲む赤井さんに栄養面での疑問も抱いたが、それよりも気になること。

赤井さんは私からそう訊かれることは想定内だったのか、特に驚いている様子もなく、手にしていたコーヒーをまた一口喉に通していた。



「"俺がおまえを好きだと言ったら、おまえはどうする。"」

「………。」

「以前も言ったが、俺は如月に対してそういう感情を抱いた。だから俺は、如月から好かれるようにしているだけだ。」



あまりにもストレートな言葉に、思わずあんぐりと口を開いてしまう。

言われて思い出した。
そうだ、赤井さんは、あの日私には理解しかねることを言ったのだ。

今までの行動がそこから来ているとなると、頭を抱えたくなる。
そのことで思い出したのは、私は赤井さんの言葉をきっぱりと否定したのではなく、曖昧に否定したのだ。
つまり、"努力すればどうとでもなる"と思われても仕方がない返し。

そうなるとこれからもこれは続くことだろうし、続けられても恐らく私の心は赤井さんには揺るがない。
だから今度こそ、失礼となっても断ろうと口を開いたときだった。



「おっと…。俺は如月から良い返事しか受け取るつもりはない。だから今は何も言わないでくれるか。」

「…赤井さんは存外、巷で言う"俺様"に近い性格なんですね。」

「ほー…。褒め言葉として受け取っておくことにする。」

「褒めてはいませんよ。」



私は赤井さんを好きになりません。
そう言おうとしたとき、赤井さんの人差し指で優しく口を押さえられた。

何も言うな、と行動で言われてしまっては、なんとなく言う気も薄れる。
そのまま大人しく口を閉じると、赤井さんは優し気に微笑みながらも表情とは正反対に、すこし強引な言葉を紡いだ。

滅多に見ることの出来ない、赤井さんの優しそうな表情。
それにすこしだけ心が揺れたような気がしたのは…ここだけの秘密にしておく。

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