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なぜ、こんなことになっているのか。
誰か手短かに説明してほしい。



「…赤井さん、頭でもぶつけました?」

「俺は至って無傷だが?」



仕事のひと休憩に呼び出されたと思ったら、目の前のこの人はひどく愉快そうにくだらないことを言ってのけた。
それは至極くだらないことであり、私がそれをお願いとして処理する義理もないものなのに、食い下がりそうもない。



「簡単なこと、だろう?おまえが俺に対してフラットに接したら済む話しだ。」

「どこがどう簡単なのか、私には到底、理解しかねます。」



赤井さんの話しはこうだ。
恋人関係という設定を続けている中で、私の態度はあまりにもよそよそしい。
だからもっとフラットに…つまり、敬称を無くし敬語もやめろ、と言っている。

こちらとしては、赤井さんとはある一定のラインは保ちたいところ。
だからこうして解りやすい壁を隔てているのだけれど、どうにも彼はそれが気に入らないらしい。

…いや、気に入らない、というのはすこし違うかもしれない。
恐らく彼自身はあまり気にしていなかった事柄だろうけど、ここはアメリカ。
私と赤井さんとのこの距離感は、異様なものでしかないのだろう。



「(…本当、面倒ね。)」



いくら国籍がアメリカのものとは言えども、日本人の血が濃く流れているのかアメリカ人の人間とのコミュニケーションは些か理解に苦しむ部分が多い。
今回もまた、他国での価値観のズレで面倒なことが起きている。



「御断りします。」

「ほぉ…。今回は遠回しな断り文句じゃないんだな?」

「…っ、別に、いつもはそこまで拒否していません。」



ああ、本当に、この人は…。

赤井秀一という人間は、どこまでもいけ好かないし、食えない人間だと思う。
私と同様にあまり表情が変わらない人だけれど、今はどこか楽しそうに、口角が上がっている。

舌打ちしたいのを我慢して睨むように上にある顔を見れば、小さく「ほぉ…」と呟いて目を伏せた。



「まあ、俺は別に敬語を使われなくても構わん。だからそれを、おまえが気にすることではない。」

「別に、気にしたりはしていません。」

「なら上司命令だ。」

「職権乱用という言葉をご存知で?」



この人には、何を言っても無駄だ。
以前から薄々そう思っていたけれど、上司命令とまで言われてしまったら、それは確信へと変わってしまった。

本日何度目になるか解らない溜息を隠すことなく吐き出し、面倒かつ渋々だというのを露わにしてそれを伝えるために眉間に皺をギュッと寄せる。
まあ、そんなことをしたところで彼からしてみたら「それが何か?」で終わってしまうのだろうけれど。



「解りました、善処します。」

「ほぉ…。意外とすんなり折れたな。」

「諦めてくれなさそうでしたので。」

「"善処する"んじゃなかったのか?」

「!」



渋々と了承の意を口にすると、赤井さんはくつくつと笑った。
意外とすんなり、などと言っているが、この攻防はなかなかに続いている。
すくなくとも、休憩時間をすべて無駄にしてしまうくらいには。

だから私が折れた理由を口にしたのだけれど、言い方がまずかったらしい。
壁際に追いやられ、壁に手を突かれて距離がグッと近くなる。
思わず動揺してしまったけれど、驚きから来る動揺なだけなので害はない。

一瞬見開いた瞳をいつもと同じように戻して、壁に突かれていた利き手…ではなく、赤井さんの身体をグッと押す。
彼も狙撃手なのだから、私と同じように利き腕に触れられるのはあまり好ましくはないだろう。
こんなことをされておきながら、相手を気遣う私を誰か褒めてほしい。



「はぁ…。近いわよ、赤井くん。」

「ギリギリ合格…だな。」



言いたいことは山とあるが、どうせ赤井さん…否、赤井くんに言ったところで通用しないのだろう。
どうせ流されて終わるのだ。

溜息零すと幸せが逃げる、と言うが、私は今日一日(正しくはまだ半日)でどれだけの幸せを失っただろうか。
別にそんな言い伝えを信じているワケではないけれど、それほどにまで溜息を零し過ぎている。
ストレスで倒れないだろうか。

どちらにせよ、結局は赤井くんにペースを持って行かれてしまい、流されてしまう自分に対して嫌気がさす。
食えない性格をし、人を動かすことに長けているのだろう赤井くんは、つくづく私とは合いそうにない。

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