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上から報告を受けた。
どうやらいよいよ、例の組織に対して本格的な捜査をはじめるらしい。

潜入捜査もするらしく、潜入する捜査官の人選や対組織チームをさらに絞り込んで動く人間を決めるんだとか。
だから恐らく、本格的な捜査はそれらがすべて決定してからなんだろう。



「(まあ、そんなもの…考えるまでもないものだと思うけど…。)」



机に肘をつき、頬に手当てて首をすこし傾げるような体制でコーヒーを飲む。
暖かいコーヒーは、夏という季節にはかなりミスマッチしていた。

コーヒーカップから浮かぶ湯気を見て、上が選ぶであろう人物たちを暇潰し程度に予想してみる。

対組織チームのリーダーは、今と変わらずジェイムズが担当するだろう。
そしてこのチームが組織にバレないよう綿密に計画し存在を隠すには、それなりに頭がキレる人選でなければならない。

そうなると、赤井くんはチームメンバーに確実に選ばれるだろう。
きっと組織への潜入も、彼が行うはず。

あとは恐らく…私も選ばれる。
もともと、組織への潜入捜査官として私の名が候補に挙がっていたのだから、選ばれたとしても仕方がない。
まあ、潜入として関わらないのであればそれでも良いのだけれど。



「まいか。」

「…重いわ、退いてちょうだい。」

「ああ、すまない。」



手にあるコーヒーと目の前のパソコンとで視線を交差していると、ふと背中に温もりを感じた。
匂う香りはお馴染みとなりつつある銘柄のタバコの匂いで、思わず眉間に皺がギュッと寄ってしまう。

私の身体を挟むように置かれた両手のうち右の手の甲を抓り、退くように言えば彼は口元を上げつつ謝罪する。
気持ちの篭っていない謝罪など、まるで意味のないただの文章だ。

性格が曲がっていそうな彼…赤井くんはスッと離れ、そして空いていた隣のジョディの席に座る。
ジョディは今、休憩に立っているだけなので「邪魔になるわよ」と言ったのに、赤井くんは「ああ」と言うだけであまり気にしていないようだった。
私もそうだが、ある意味で赤井くんもだめな上司だと思う。



「まいか、おまえに話しがある。」

「そう…。お話しならここでどうぞ?」

「別に構わんが、おまえの身の上話をここでさせるつもりか?」

「…本当、赤井くんって良い性格してるわ。惚れ惚れするほどにね。」

「惚れたか?」

「ええ、とっても。悪い意味で。」



話しならここで、と思ったのだが、赤井くんはそれが嫌らしい。
彼には私の身の上話などする気はサラサラないのだろうが、遠回しにここではマズイと伝えているんだろう。
他の言い回しもあったはずだし、これからの話しは組織に関してのこと。
それなのにこんな言い方をするなんて…本当、良い性格しているわ。

コーヒーを持ったまま席を立ち、出口へと歩いて行く。
椅子を引く音や足音で赤井くんが着いて来ていることを判断し、私はそのまま人気のすくない非常階段にあるこじんまりとした喫煙所へと向かった。
決して彼がタバコを吸うからと気を遣ったわけではない。



「吸わないのか?」

「吸いたいと思ったときに吸うだけよ。あなたほどヘヴィーではないわ。」

「そうか。」



壁に背中を預け、ジッポでタバコに火を点ける赤井くんを見つめる。
なんとなくではあるけれど、話しの内容は察しがついていた。
組織に関すること…潜入捜査、もしくは対組織メンバーに関すること…。
両方のことかしら。

火の点いたタバコを吸い、ふっと口から煙を吐き捨てる。
タバコと言うものは、何事に対しても無関心なように見える彼の依存物。
酒、タバコ、コーヒー。
なんとも身体に悪そうなものを趣向品としているな、と思うが、もし仮に彼がそれらのせいで大病を患ったとしても私にはサラサラ関係のない話し。

でも、それもあってなのかは解らないけれど…色白で顔色が普段からよろしくはない彼の表情を見ていると、今にも壊れてしまいそうなほどに脆く見えた。
彼が死ぬとき、私たちには何も告げず、静かに消えてしまうんだろうか…。



「対組織メンバーが決まった。」

「…そう。」

「俺は、組織の潜入捜査員として奴等の根城に潜り込む。」

「…そう、予想通りね。」



静かな空間は、どれほどの時間を有したのだろう。
赤井くんによって砕かれた静寂。
私の相槌と言うものは、ほんの僅かな反応でしかなかった。

対組織のメンバーが決まり、彼が組織の潜入捜査員として潜り込む…。
予想していた内容であり、予想済みであった人選だ。
特に何かを思うことでは、ない。

大きな反応を見せない私のことは気にせず、続けて「対組織メンバーにはおまえも選ばれている」と告げられる。
それに関してもまた、「そう」としか返しようがなかった。



「組織に潜り込むのはまだすこし先のことだが、潜り込めばおまえと過ごす時間は一気に減る。それでも、"このまま"でおまえは許してくれるか?」

「……下手打って死なないよう、せいぜい気を付けることね。」

「…ああ。そうだな。気を付けるよ。」



薄い反応しか出来なかった私。
そんな反応では再び静寂が訪れるということくらい、解ってはいた。

再度広がる沈黙を打ち破ったのは、またしても赤井くんで。
赤井くんはただ淡々と、私の双眸を見つめて「"このまま"で許してくれるか」と変わりのないトーンで訊ねて来た。

瞬時に、チャンスだと察する。
これは赤井くんなりの言葉で告げた、私への助言。
"もしも本当に嫌なのであれば今の設定を解消しても良い"ということだろう。

解っていたのに、私の口から出たものは話しとはなんら関係のないもの。
自分でも、なぜこのように彼へ返したのかは…まったく解らなかった。

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