02


「そう言えば、彼女はどうなったの?」

「……ああ、例の組織の…。」



ある日のこと。
失敗に終わった潜入捜査で詰まった捜査は難航し、頭を冷やすついででいつものバーに赤井くんとふたり、来ていた。

初めはひとりで来るつもりだったのだけど、彼が付いて来るのはいつものことだしこの前意地悪し過ぎた謝罪のつもりで特には何も言わずに流れのまま共に来たのだ。
まあ、「珍しく何も言わないんだな…。今夜は槍でも降るのか?」と言われたときは流石に隠し持っていた銃を突き付けたけど。

飲みはじめてしばらく。
ふと思い出したのは、赤井くんが利用した組織に属する例の末端の彼女。

コードネームを持っていても用無しはすぐに消し、コードネームなど関係なく疑わしき者も即座に消してしまう組織だ。
コードネーム持ちですらそうなのに、末端など1ミリの情も掛けられず消されるだろう。
それは組織に潜入せず、情報のみを貰っていた私ですら解るのだ。
赤井くんが、解らないはずもない。



「詳しくは解らんが…消されるだろうな。」

「…心配じゃないの?」

「…ビュロウに戻った今の俺には関係ない。それに今はおまえを守れたらそれで良い。」



バーボンを飲み、喉を麗して零した彼の言葉はなんとも気に入らない言葉だった。
スコッチからバーボンに変えたのね、とか、随分と薄情な人、とか。
言いたいことはあったけど、それよりも何よりも、気に入らない。



「私を?守る?…私も、随分と赤井くんにナメられたものね。」

「…そう言う意味では無い。」



解ってはいる。
ノックであることを組織に知られ、FBIに火の粉が飛んで来たことで巻き込まれないようにしたい、と言う意味で彼はあの言葉を告げたのだとは思う(例えそうであっても結局は気に入らないのだけど)。

ただ、彼は、天秤に掛けたのだ。
組織の一員として接した、闘う術も満足に持ち合わせていない彼女と、FBIで戦線に立って闘う術を十二分と身に付けた私を。

それが許せなかった。

ふと思うのは、黒に限りなく近かった彼を黒に染めない穏やかであろう彼女のこと。
たまに訪れたときに見せたその表情は普段と変わりなく見えるけれど、よく見ればそれは確実に変わっていたのに。

そんな彼女を、彼は否定した。
関係のない、終わったことだと。
それも私は…許せなかった。

だって、それだと…。



「部下として言わせていただきます。私よりも、彼女を大切にしてください。」



彼が、限りなく黒に近かった存在から、ただの黒になってしまうような気がしたから。



「私は自身を守ることは出来る。でも、彼女は微力な抵抗しか出来ない。」



手にしていたグラスを離し、座ったまま赤井くんに向き直る。
赤井くんも空気を察したのか、向き合うように私と視線を重ねた。

彼の瞳は、久しぶりに見たような気がする。
そう思わされるほど、彼の瞳の色は濁っているように思わされてしまったのだ。



「赤井さん、自覚ないみたいだから言っておきますけど……。あなた、彼女と関わってから表情も空気も穏やかになってるわよ。」



そう告げると、僅かではあったけれど赤井くんの瞳が揺れ動いた。
動揺している…と言うことか。

きっと彼にも、そこに関しては思い当たる節があるのだろう。
好意かどうかは知らないけれど、彼もまた、彼女には情を抱いていた、ということ。



「私では到底…無理な話です。」



ただ一方的な関係で、どちらかが相手を否定していれば、そんなことにはなり得ない。
そうなると言うことは彼女はもちろん、彼も彼女のことを受け入れていた…と言うこと。

言いたいことを言い終えた私は、なんとも言えない気持ちに支配されて目を伏せた。
それと同時に、視界を黒に染められる。

私は、赤井くんに抱き止められていた。



「…頼むから、それ以上言うな。」



そして赤井くんに抱きしめられたことで、今言ったことを後悔してしまったのだ。

赤井くんは赤井くんで、きっと苦しんだ。
彼女に動いた情、そして自分の立場。
彼は決して、私情で動いても良しとされる立場には居ない。
優先すべきはFBIからの任務。
そして部下たちの安否なのだ。

彼が動けば、多くの人間も動く。
彼が指示をしなくとも、きっと…彼の部下である私も動くであろう。
そうして被害が広まれば、彼は今よりも大きな苦しみに襲われるのだ。



−−−ごめんなさい



随分と小さかったそれは、果たして赤井くんに拾われたのだろうか。
それに対する答えはなかったけれど、赤井くんが私を抱く力を強めたことで、私は完全に言葉を紡ぐのをやめた。

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