09


キャメルの運転で向かった、とある港近辺。
どんな組織も港を好むのは、人気の少なさからなのだろうか。

私がライフルを構えたのは、その港で充分狙撃出来るようなポイントだ。
ただし港には余計な建物が多いため、どうしても近場にはなってしまうのだけれど。

遠く離れた場所に車を停め、狙撃ポイントにはキャメルを引き連れて徒歩で出向いた。
さほど離れていないとは言えど、やはりそれなりには離れているわけで。
単独で動くからにはここから狙撃し、捕縛するべき目標(ターゲット)だけには必ず足を使えなくさせなければどうにも出来ない。
他の命は…なるべく奪わないけれど、銃を扱える者が多いのは困る。



「あ、あの、如月さん…本当に自分はここで立ってて良いんですか…?」

「ええ。そこに立てば入り口の影と同化することが出来る。むしろそこにいて欲しいとこちらから願うくらいだわ。」



キャメルには相手からバレないよう、こちらに向かう車で万が一を考え編み出されたポイントに立つよう、指示を出した。
ライフルを設置し、地べたを這うような体勢を取ってスコープを覗く。
時間は予想通りなもので、少し経つとその場には多くの人間が集まった。

さて。
彼らはどちらが組織で、どちらが興味も引かれぬ取引相手なのだろうか。

スコープを覗いたまま、遠巻きで彼らの取引の様子を静かに見守る。
キャメルは見る術がないから見えていないのだけれど、こちらの空気に感化されてか何処と無く緊張しているようにも思えた。

取引材料は…ん?
クスリ…だろうか。
けれど相手はあの組織。
麻薬とはまた別の、麻薬とはまったく異なる薬物のようにも思える。



「(それこそ、あとですべてを回収した後に調べれば良い話…よね。)」



あの取引材料は後回しとして。
この場に情報通りにコードネーム持ちが現れてくれるのを、固唾を飲んで待つ。

どちらも似たか寄ったかな服装のため、恐らく全員ただのコードネームもない下っ端。
それを今狙撃したところで意味は無いし、当然なんの意味も成さない。

あれらではない。
彼ら下っ端を率いた、今回のボス…。
コードネーム持ちは何処だ?

まだかまだかと思っていたとき、ある部分に新たな人影が現れる。
そしてそれの正体が見える前にスコープで焦点を定めていた人物の頭から血が溢れ出し、驚きで思わずスコープから目を離す。

なんだ。
いったい何が起きている?

何が起きているのか。
それは解らないけれど、確実に言えるのは片方がどんどん射殺されていっていること。
飛び交う血飛沫はスコープでも見え、まるで戦争でも見ているような気分になった。

商談決裂、と言うことなのか、どうなのか。
何にせよ、仲間割れと言って良いかは解らないが、亀裂が入ったのは確かだ。
そしてコードネーム持ちが特定出来ず、こうも死体が溢れているとなれば…賢い奴であるのなら、即座にこの場から離れるのだろう。

それならバレないうちに、こちらも引いた方が賢明だと判断した。
あまり長く居座って尻尾を掴まれると、こちらとしても面倒なことになる。
だから私はスコープから目を離そうとした。



「…っ、!?」



そんなとき、視界に入った。

恐らくはコードネーム持ち、だろう。
周りとは服装が違い、空気だって明らかに周囲とは異なっている。

コードネーム持ちを見付けて固唾を飲んだ、と言えば簡単なこと。
けれどこの驚きは…きっと、いや、当たり前にそれだけじゃない。



「ふるや…くん…っ。」



自分でも驚くほどに、その声は震えていた。

鮮やかな黄金色の髪。
ほどよく焼けた、褐色の肌。
サングラスは掛けているけれど、思い当たる人物…降谷零によく似ていた。

最初は見間違いなのではないか、と思った。
世の中には、自分と似ている人物も山のように存在している。
人違い、だろうか。

トリガーに掛けた指が震えているのが解る。
今まで、誰かを撃とうとしたときにここまで戸惑い、震えたことはあっただろうか。

…いや、よく考えたら人違いだろう。
彼は黒に染まるような人間なんかではなかったし、こんなところに黒の人間として存在しているわけがない。

一旦スコープから目を離し、一呼吸置いて、震えを解く。
再度スコープを覗き込んだ。
そして次の瞬間、私は叫んでいた。



「逃げるわよキャメル!!」

「え…!?」



顔面蒼白、とでも言うべきか。
今の自分は、そんな表情を浮かべていたことは容易に想像できる。

私の後に続くようにキャメルもこの屋上から室内に戻り、二階くらいで窓を開け、勢い良く外に飛び降りる。
そしてそこからは車が停めてある場所まで、ではなくそのまま遠くへ走った。
万が一を考えて、ナンバー無効の使い捨ての車を選んで良かった。

私は、スコープを覗いた瞬間、見えたのだ。
こちらを見る、例の彼を。

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