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まさに無我夢中で走った。
あれだけ鍛えているのに、私の呼吸もキャメルの呼吸も荒い。
そのまま人通りの多いところまで出てタクシーを拾い、本部付近までの住所を告げる。

背筋に走った悪寒は、キャメルを抱えた私では立ち向かうことは出来ない。
本当の単独行動であればそれなりに荒い争いになっても太刀打ち出来たが、他に人も居ない状態でキャメルを気にしつつ争えば、銃撃戦と言えど不利だと思ったのだ。

この際、あのコードネーム持ちと思われる人物が降谷零だろうが異なる人物だろうが、一切関係ない。
私は、あの空気だけで、負けると思った。

思わず「Sit!」と口にしてしまい、ビクリとキャメルが震えたものだから慌てて「あなたのせいではないのよ」とフォローを入れる。
現にキャメルに非などはなく、あるとするならば単独で踏み込むだけでなく他のフォロー要員も連れて行かなかった私の方だ。



「自分のせいで、バレたんでしょうか…。」

「…違う。あれは例え当初の予定通り私の単独で踏み込んでいても…、バレていたわ。」



そう。
その前を見ていないから断言出来ないとは言え、彼は迷いもなく、スコープ越しに覗く私の視線と重ねていた。
まああちらは私の視線と重なっていただなんて、知らないだろうけど…。

目を離したのは、ほんの一瞬。
そのほんの一瞬のタイミングだけで視界にキャメルを捉え、狙撃手のポイントを掴めるだなんて到底思えない。

考えられるのは…そう。
相手にすべて、筒抜けだった可能性だ。

今回のことは誰にも告げていないし、狙撃ポイントだって私以外であれば、ともにここへ来たキャメルしか知らない。
そのキャメルだってFBI捜査官とは思えないほどにビクビクと震えているし、そんな度胸があるようには思えなかった。
そもそも、車は捨て車であり、彼は何かの端末に触れたりはしていない。



「(こればっかりは…赤井くんに聞いてみるしか、なさそうね…。)」



連絡無精な彼に、コードネーム持ちと思われる彼の特徴をメールで伝える。
すると珍しくも早く返信があったのでそれを開いてみると、そこには彼のコードネームらしき酒の名前が書いてあった。

−−−恐らくコードネームは、バーボン
−−−かなり頭のキレる男だ

そうか、やはり。
彼はコードネーム持ちの幹部だったらしい。

下の方に指を動かせば、そこに続くのは赤井くんがそのバーボンのことを、組織に忍び込むネズミだと疑っている、そしてその彼に例のネズミの殺人を疑われ、憎まれている、ということだった。
私に話したとき、憎まれてるとまでは言わなかったじゃない…。

思わず溢れそうになる溜息を噛み殺し、赤井くんに一先ずは「ありがとう」と伝える。

そのバーボンが酷く頭がキレ、赤井くんを憎み怨み、敢えて情報を流したとしたら…。
なるほど。
私はバーボンと言う組織の幹部の手中で、赤井くんの代わりに振り回されていた…と言うことになるのね。

本当に、車が捨て車で良かったと思う。
きっとあそこには既に彼の仲間が待機して、車の中からと車の情報とで何かしらを調べ上げようとしているはずだから。
赤井くんの代わりに、キャメルが犠牲とならなくて本当に良かった。

知らないコードネームが、どんどん浮かんでくるのは組織に近付いた、と言うことか。
それは解らないけれど、幼き頃の想い人と重なるあの容姿を脳裏から消し、バーボンのことを調べることにした。

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