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一度帰宅し、よれてしまったスーツからきっちりとしたスーツに着替え、彼女がここを通る偶然を外で待つ。
私が頼りにすると決めたその彼女は…そう、最近共にお茶をした工藤有希子。
闇の男爵夫人(ナイトバロニス)だ。

一世を風靡するほどの彼女なら、きっと演技力指導だって出来るはず。
けれど問題は、どうやってこのことを彼女に説明するか…だ。

この表情の無さをどうにかしたい…?
素直に潜入捜査のため…?
いやでも、潜入捜査のためだと明かして、まったく関係のない夫妻に万が一矛先が向いてしまっても困ってしまう…。



「あら、あなたは…確かまいかちゃん!」

「…あ。」



どうしようかと考えていると、ナイトバロニス…もとい工藤有希子氏が居た。
有希子さんは私を見つけるなり、工藤優作氏と同様、人懐こい笑みを浮かべて私の元へと駆け寄って来た(何故名前を知っているのか驚いたけれど、恐らくは以前遭遇して自己紹介をした優作氏に聞いたのだろう)。
やはり、彼女たちは巻き込みたくはない。

近くに来るなり「偶然ね」と純粋な笑顔で言われて、この偶然は作られたものだとも言えなくなるし、多少心が痛む。
敢えてそこには触れないよう、「あの…」と心を決めて切り出すことにした。



「私に演技を教えて頂けないでしょうか。」

「演技を…?」

「はい…。演技とは言っても、笑顔の作り方とか…なんですけど…。」



結局私は、すべてを明かすことをやめた。
その代わり、理由(わけ)あって接客業のようなことをしなければならないこととなり、だけどこの無表情の自分ではどうにもならないから笑顔の作り方や接客する人間としてを指導してほしいのだと説明する。

多少無理矢理感も否めないけれど、彼女は深く追求することもなく、少し考えるそぶりを見せたあと「良いわ、教えてあげる」と笑みを浮かべながら口にした。
引っかかる部分はあるだろうに、追求もせず肯定してくれる彼女のおおらかな人柄に心から感謝の意が出て来る。
もしかしたら深く考えていないだけ、なのかもしれないのだけど…。



「そうと決まったら、善は急げよね!今すぐあたしと優作さんが泊まってるホテルに行って、早速特訓しましょう!」

「………え。」



…彼女の行動力は、いつも"こう"なのか。
早く習得出来ることに越したことはないけれど、それでも急過ぎる。
何があっても良いように着替えているから、そこらへんの問題はないのだけれど…。

スッと手を繋がれ、有希子さんの言われるがままに足を進める。
途中、「先にお茶でもしましょ」と言う有希子さんに同意して、近くの喫茶店でお茶もして特訓に取り掛かることになった。

ちなみに、その喫茶店では私が演じる人物の設定を決めることになる。
演技をするのであれば、"大胆に自分とは異なった人物を"、と言うことになり。
人当たりも良く笑顔の素敵な女性、という設定で演技を教わることとなった。

思わず私の表情が引きつってしまったのも、仕方のないこと。
有希子さんはどこか楽しそうに笑っているけれど、それがまた何か恐ろしいと思う。

………私は、無事でいられるのだろうか。
今からもう、気が狂いそう。

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