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「じゃあ早速、今日から頼むよ。」

「はい。よろしくお願いします。」



来日した翌日。
善は急げとばかりに、その例の喫茶店"ポアロ"の面接を受けた。
人が足りていないのかなんなのか、軽い面接をしたのみで簡単に合格。
死ぬ気で習得した笑顔のせいで、私の顔は死んでしまいそうだ。

有希子さんからの特訓は、それはもう、思い出したくないほどだった。
すこしでも素を見せると簡単に見破られ、甘いのだと叱咤される。
酷いときは休暇を貰い、丸一日夫妻の泊まるホテルで訓練されたものだ。
FBIになるための訓練より、私にとっては苦痛であってひどく疲れた。

話しは戻して、ポアロの店長から受け取ったエプロンを身に付ける。
特に制服はないらしく、私服のままで良いと言われたのでそれだけで店に出た。
靴は自分で汚れても大丈夫なものを用意するよう言われたので、明日か今日にでもそれ用の靴でも見に行こう…。
スニーカーは今履いているものだけだから、汚れてしまうとすこし不便だ。



「はじめまして。榎本梓です。」

「はじめまして、太宰まいかです。大学院に通っていて、学生をしてます。」

「まいかちゃん、学生なのね!」



フロアに出ると、出迎えてくれたのは店長ではなく、かわいらしい女性。
名は榎本梓と言うらしい。

梓さんにホールのことをあらかた教えてもらい、早速ひとりで投げ出された。
どうにも今日は店長に用事があるらしく、店長はすぐに帰ってしまったらしい。

なるほど。
だから即日採用の即日働きなのか。



「いらっしゃいませ。」



飲食だからと結んだ、長い髪。
どうやら結ばなくても良かったらしいが、どちらにせよ邪魔なのでそのまま。

太宰まいかの設定は、大学院に通う学生。
そのため不定期に休んでも、私はレポートやらを提出しなければならないから、ということで通すことが出来る。
ちなみにこの設定は、有希子さんに考えてもらったもの…ではなく、何かを察しているような気がする優作さんが考えてくれた。
学生と言っていた方が、何をするかは解らないが何かしら融通が利きやすい、とアドバイスまで頂いて。

慣れないアルバイトのせいで動きは多少ぎこちないが、まあ及第点な気がする。
自己評価なんて、あまり頼りになるようなものではないけれど。



「いらっしゃいませ。(……ん?)」



本日何度目か解らない来店を知らせるベルが鳴り、そこに目を向ける。
するとそこには女子高生ふたりと小学生の男の子の姿があった。

女子高生と小学生の男の子、なんて珍しい組み合わせもあるものだ、と思ったけれど、男の子の表情が変わったことで私の中でひとつの疑問が浮かび上がる。

あの坊やは、私を見て、目を丸くした。
つまり、私を知っている…もしくは、見たことがある、と言うことになる。

どういう経緯かは解らないけれど、私を知っている人間なんてここに多くは存在しない。
あっても同級生くらいで、あんな子どもが私を見たことがあるわけがないのだ。



「ご来店ありがとうございます。ご注文が決まりましたら、お呼びください。」

「あれ…?見覚えのない方ですね。」

「めっちゃくちゃ美人!」



気になることはあるけれど、今は子どもの相手をしている場合ではない。
人数分のお冷グラスに水を入れ、彼女たちが座ったテーブルに持って行くと好奇心のような目を向けられた。

なるほど。
よくは解らないけれど、彼女たちはここの常連さんなのだろう。
でなければ店員の変化など気にしないし、ましてや話しかけたりはしないはず。



「今日から働き始めた、太宰まいかです。ポアロの常連さんですか?」

「そうなんですね。私は毛利蘭で、こっちが鈴木園子。この子は江戸川コナンくんです。実は私、家が二階にある」

「わあ!」

「コナンくん!?」



軽く自己紹介をすると、女子高生のひとり…毛利蘭さんがご丁寧にも自己紹介とともに連れの紹介をしてくれた。
そして蘭さんが家がどうの、と言い出した途端、タイミングよく子ども…そう、江戸川コナン少年が水を零したのだ。

蘭さんの紹介で、あの子どもがジョディを夢中にさせている江戸川コナンだと解る。
そしてタイミングを狙ったかのような行動でも、私ですら興味を引いた。

そうか、彼は。
私を警戒している。

どのみち少年の名前さえ訊けたらすべて解るのだけれど、どうにも今住んでいる家だけは知られたくないらしい。

確かにこの少年…。
興味深いかもしれない。

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