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「あ、太宰さん。」
「あら、蘭さんに江戸川くん。偶然ね。ふたりともこんにちは。」
「こんにちは、太宰さん!」
今日は夕方からポアロ出勤だったため、すこしゆっくりとした出勤だった。
その際に遭遇したのは、言わずもがな蘭さんと江戸川くんである。
ふたりは帰宅途中だったのか、スーパーの袋を持っていた。
通る道が同じ、と言うことで、蘭さんと江戸川くんとともにポアロへ向かう。
今日は昨日の残りのカレーを使ってハンバーグカレーなんだよねーコナンくん、と微笑ましい会話を見守っていた。
高校生なのにここまでこなしてしまう、なんて、彼女は例の幼馴染みの恋人の元へいつお嫁に行っても問題はなさそうだ。
そうなるとすこし、江戸川くんが不憫なような気がしてならないけれど…。
「あれ…?梓さん。あんなところでどうしたんだろう…。」
「誰かと話してるみたい。知り合いかな。」
「困ってるみたいだし、梓姉ちゃんの知り合いっぽくはないけどね…。」
もう少しでポアロへ到着、というとき、蘭さんが入り口で男性と話す梓さんを見付けた。
知り合いかな、とは言ったものの、江戸川くんが言う通り梓さんは困惑した表情を浮かべているし、その可能性は薄い。
近くで見て気が付いたが、その男性は日本人ではないようだった。
赤井くんよりは短い長髪の金髪、そして細身の高身長は何よりも目を引く。
その証拠に、梓さんと話している彼は通りすがりの人たちから注目されていた。
「どうしたんですか?梓さん。」
「あ!まいかちゃん、良いところに…!」
「え…?」
「エミリー!やっと会いました!」
「………は?」
その中に仲介する意味で入ると、梓さんは私を見て安堵の表情を浮かべた。
意味が解らず首を傾げると、今度はその見知らぬ男性に「エミリー」と呼ばれ、梓さんに変わって私が困惑することになる。
……確実に彼の一方的な勘違いだけど、どういうことなのかしら…。
エミリーと呼ばれ、くるりと振り返ればまったく見覚えのない外国人男性の顔がドアップで映し出されて思わず身を引く。
それでも引く気はないのか、彼は私の両手を掴み、キラキラと眩いほどの眼差しを送って来るのだから無下に出来なかった。
だからエミリーって誰なのよ…。
「ねえお兄さん。お兄さんはお姉さんのお知り合いなの?」
「?エミリーはワタシのフィアンセです!」
「ふぃ、フィアンセ!?」
「まいかちゃんどういうこと!?」
「知らないわよそんなもの…。」
困惑していると、江戸川くんから助け船のような問いが男性に投げ掛けられる。
そして男性からは、フィアンセという理解不能な爆弾発言が投下された。
蘭さんも梓さんも顔を赤く染め、どういうことなのかと訊いてくるが私も知りたい。
思わず素の話し方が出てしまったが、興奮状態の蘭さんと梓さんは気付くことなく、江戸川くんも背丈の問題なのか、私の素は聞こえていなかったらしい。
男性を見ながら「ンな馬鹿な…」とでも言いたげに呆れた表情を浮かべていた。
「エミリー、ワタシのカントリーで会いました!一目惚れデス!結婚してほしいのデス!昨日ここで偶然見つけました!」
「…つまり、あなたの母国で出会ったエミリーさんと結婚したいだけであって、正式なフィアンセではない、と…。」
「たぶん…。そしてその人に太宰さんが似ているのか、勘違いしてるみたいだね…。」
相手も相手で興奮しているのか、恍惚とした表情で"エミリーさん"の話しをする。
これはなんとなくでしかないが、盛大なる勘違いと妄想でエミリーさんは彼の中でフィアンセに仕立て上げられているだけだろう。
これ一歩間違えたらストーカーなんじゃ…。
この男性のせいで、演技どころではない。
いつものまったく動かない表情筋に戻り、太宰まいかではなく如月まいかになる。
有希子さんに見られたら、お怒りどころじゃ済まされそうにないな…。
未だ騒いでいる男性はポアロから遮断し、これを片付けるためにシフトを代わってくれるという梓さんの有り難い申し出を受ける。
話の場は、毛利探偵事務所で良いらしい。
これは早急に片付けなければ。