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あの嵐のような外国人の登場から数日。
しばらくはあの現場を偶然目撃していた常連のおじさんに「エミリー」と呼ばれて揶揄われていたが、梓さん曰くの"氷の笑み"を浮かべて流しているとそれも止まった。
まったく、いい迷惑である。
作られた髪色と目の色が同じだけであって、あとはまったく似ていないのに。
そんなのでよく、ポアロの中で働いていた私をエミリーさんと間違えたわよね…。
まあ、そんなことはこの際どうでもいい。
部下から、新たな報告が届いた。
「ほー…。なるほどな。ツインタワービルから、組織のデータがハッキングされたと。」
「ええ、まあ、そうだけど…。どうしてあなたがここに居るのよ…。」
部下からの報告にあったのは、"ツインタワービルにあるTOKIWAのパソコンから組織のデータがハッキングされた"というもの。
そこに組織を知る者、もしくは組織を裏切った者が潜んでいる可能性は限りなく高い。
けれどそれは組織も気付いているはずで、そうなるとこれは、どちらが先に目標(ターゲット)を生きてるうちに捕らえられるか。
まさに時間との勝負になる。
詳しい調査を進めるよう指示を出し、一度帰宅すればそこには我が物顔でソファーに踏ん反り返っている赤井くんが居た。
先読みしていたの如く「何かあったか」と、執拗に訊いてくるものだから受けた報告そのままに赤井くんへ伝える。
それを訊くなり赤井くんは、いつものように不敵な笑みを浮かべ「ほー…」と言う。
それは組織との対決が楽しみだとでも言わんばかりなような気がした。
「…言っとくけど、今回はオープンパーティーにも潜入するつもりだから、あなたは来ちゃダメよ。表立って関わるのもダメ。」
「パーティーに潜入するのなら、おまえへのエスコートは必須だろう。」
「そんな小洒落たパーティーじゃないわ。とにかく、あなたは今まで通り…ジョディたちとベルモットの方を見てちょうだい。」
念には念をと、赤井くんにパーティーに参加するからこの潜入捜査には関わるな、と遠回しに言えば、すこし拗ねたような表情に。
大の大人がそんな表情をしたところで、かわいくもなんともない。
今回の組織は末端の人間だけしか関わっていないみたいだし、始末でジンが動いたとしてもパーティーには来ないはず。
それなら、私だけで充分だ。
「…そう言えば赤井くん、髪切ったのね。」
「…まあな。」
そう言えば、と。
話しをすり替えるように赤井くんの髪型のことについて触れる。
前に引っ越しを手伝ってもらったときより、随分と髪の毛が短くなっていた。
前のダラダラと伸ばされたような、あの長過ぎる髪型よりも赤井くんの良さが引き立てられているような気がする。
まあ、個人的に長髪があまり好きではない、と言うのが一番の原因かもしれないけど。
「切った理由は知らないけど、前よりもよっぽど素敵だわ。スッキリしてる。」
「惚れ直したか?」
「…もともと惚れてないわよ。」
「相変わらずだな。」
前よりもよっぽど素敵だ、と素直に言えば、赤井くんに「惚れ直したか?」と訊かれた。
本気で言ってるんだか、冗談なんだか…。
私も人のことを言えた義理ではないけれど、赤井くんは感情の起伏が乏しく、読めない。
けれどそれは冗談だったらしく、赤井くんはクスリと笑って「相変わらずだな」と言う。
なんとなく、ちょっとだけ、こんななんてことないやり取りが懐かしいと思った。
「…でも、もしかしたらちょっと惚れたかもね?短髪のあなたに。」
「………。」
ちょっとしたいつもの意趣返しで冗談を言えば、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったかのように目を真ん丸くしていた。
「赤井くんもそんな顔するのね。」
「…まいかには敵わないな。」
赤井くんはフッと目を閉じ、小さく笑った。
私には敵わない、と赤井くんは言うけれど、私から言わせてみたらよっぽど赤井くんの方こそ敵わないと思う。
どうしてか、こんな静かな時間を過ごせば過ごすほど嫌な予感はするけれど。
でも、これが続けば良いと思わされる程度には、赤井くんに心を開いているらしい。
そんなこと、赤井くんには言わないけどね。
- 捜査編 - fin