3day

今日はライブ直前の、CD購入者特典で抽選に当たったファンたちとのサイン、握手会が某会場にて行われるらしい。
空き時間に外をふらついて不審人物などが居ないか観察していると、途中「今回はシングルだから安かったよねー」「全員セット買っても1万行かないから、握手会のために取り敢えず5セット買った」と言う、俺からしてみれば末恐ろしい会話を耳にした。

このイベントの参加方法は知らないが、なるほど、日本の音楽業界・経済はこうやって回っているんだな…。
その大量に残っているであろうCDたちの行く末が、なんとなく気になる。

全体を見ていて解ったのが、どうやらミンスとヒョンスン、それからヨソプのファンが多いらしいということだ。
確かにヒョンスンは日本人受けしそうな顔立ちをしているし、ヨソプは万人ウケしそうな顔をしているから理解は出来る。
けれどやはり不思議に思うのが、ミンスだ。

ファンの彼女たちと同じ性別であるのに、どうしてそんなにも「愛してるって言ってもらうんだ!」とか、「結婚してって言ったらなんて言ってくれるのかな」とか言えるのかが俺なんかには理解出来ない。
蔑ろにしているわけではないが、本当、不思議なものだと思う。
まああの恐ろしいほどに整った、一目じゃ男と間違えてしまうくらいの男寄りの美形な顔立ちだと、そうなるのかもしれない。



「今日は僕たちに会いに来てくれてありがとう。僕たちは今日、目一杯beautyに愛をあげるからね。覚悟して。」

−−−キャァアア…!



サイン会は個別、ということで俺はもちろんミンスのブースに立っている。
ミンスに会いに来たファンの子たちから「見てあのお兄さん、イケメン…」なんて言われて、正直悪い気はしない。
その度に鋭い視線がミンスから向けられていたような気がするが(いや確実に、か)。

ファンと一対一で対話するミンスを見ていると、俺に対してと同じようにミンスは日本人には日本語を、韓国人には韓国語、そしてそれ以外には英語を使っていた。
普通の一般人、よりもすこし特別なアイドルという立場で、ここまで多国の言葉をモノにしているとすごいと思わされる。
そこまでして、ミンスは何がしたいのだろうか…アイドルはよく解らない。

推定100人程度のファンとサインを終え、今度は俺ですら数えるのも嫌になるくらい大人数との握手会がはじまる。
ひと休憩、ということで10分の休憩は与えられているが、短すぎるだろう。
まあこればっかりは、尺の問題だろうが。



「ねえ、安室…だっけ?そこに置いてあるチョコ、取ってくれない?」

「…どうぞ。」

「ありがとう。」



メイク直しやら水分補給なんかで、忙しなく日本人スタッフはBEASTの周りを動く。
俺たち護衛班は突っ立って見守っているだけなのだが、ミンスは俺を見るなり目の前にあるチョコレートを取ってくれと頼んで来た。

…韓国という国は、年上を敬い、尊重するような国じゃなかっただろうか。
まあこの数日で学んだが、ミンスはそんな韓国の仕来りに従わないであろうことは、簡単に想像が出来た。
"さん"くらいは付けろ。

チョコレートを手に取り、渡せば「ありがとう」と半分無表情で返される。
なぜ半分無表情か、と言うと、チョコレートを見て嬉しそうにしていたからだ。

とは言え、ミンスがファンに愛され、メンバーからも大切にされるのは、こういった部分があるからだろう。
偉そうで態度もデカいわりに、基本の挨拶やマナー、そして気配りが出来る。
普段の姿もそれがあって黙認されているんだろう、俺ならこんな部下要らないけど。



「キミも食べる?」

「はい?」

「握手会は長期戦だから、今のうちに糖分でも摂取しといた方が良いよ。」



ミンスを見ていると、何を勘違いしたのか俺にチョコレートを一欠片寄越された。
板チョコだから、ミンスが触ったところは一部溶けている。

彼女は「今のうちに糖分でも摂取しといた方が良いよ」と言って、また興味もなさそうに俺に背を向けてチョコレートを頬張った。
こんな一欠片で、充分な糖分摂取なんて出来るとは思えない。
し、俺よりもよっぽど、BEASTのメンバーの方が糖分が必要だろう。

普段であれば、人伝いな食べ物なんて絶対に口にしないけれど。
食べなきゃあの自由奔放なBEASTのお姫様は機嫌を損なうだろうし。
一欠片をそのまま口に放り込んだ。



「あま…。」

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