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blog modoki

動物の相手だけしてていいなら気楽なんだけどな。2020/02/10


今まで人間関係であれこれありすぎて、人間って信用しにくいなと日々感じ、現在は【最終的に信じられるのは自分だけ】という考えに至っています。親しい友人でさえ、100%信頼しているかといえばそうじゃないんです。本当は信じたい。けど、昔お互いに【親友】と言っていた相手が、私が精神を患ったとわかった途端によそよそしくなって最終的に関係が終わったという経験があり、たとえ友人であっても心の底から信用することが出来なくなりました。


みんながみんなそういう人じゃないと頭ではわかっていても、信じたくても、もう期待することに疲れてしまいました。
寄り添ってるフリが上手な人間はいるし、こちらが仕事上での悩みを言えば「こっちはあなたに配慮してあげたのに」と言いやがる就労支援事業主はいるし、私の前ではニコニコとフレンドリーに接しておいて、私がいないところで私を見下す発言を二度もする人間もいたし、たかだか数百円の入館料免除のために、「どうして他県の障害者手帳が適用されないのか」「この子はダウン症で小さい頃から苦労して〜」などと受付の女性に詰め寄って困らせる保護者はいるし、自分最優先で浪費家な母親はいるし、もう、他人に疲れた。

新しい職場の先輩おばさんの一人から「何か困ったことがあったら相談して。私、口がかたいから」と言われましたが、自分で自分のことを「口がかたい」と言う人間は信用しちゃならんと考えているので、社交辞令と受け取りました。
今までの経験からして、これは間違いなく罠だろう、と。

【知らぬが仏】という言葉が、最近よく頭に思い浮かびます。その通りだとつくづく思う。
知らない間は相手を信じることが出来て、疑心暗鬼に陥ることもなく、心が平穏でいられます。
しかし知ってしまったが最後、相手には不信感・嫌悪感・憎しみ・憤り・恨みが募る一方で、一度そうなってしまえばもう二度と、その相手を好きにはなれません。私は根に持つ性格なので、いつまでも恨み続けます。

両親のことがそこまで好きではなく、他人を信用することに疲れてしまい、職場の同僚に対して仲間意識は全くと言っていいほどなく、友人を前にしても心の中に警戒線を引いてしまう。
「心を開いて欲しい」と言われたことがありますが、開いた結果これまで散々な経験をしてきた私には、酷く困難な要求です。
私が本当に心の底から気を許せる相手は、同居猫のなすびくんだけなんだと思います。動物には、性格の裏表がないので。

だけど動物とは人間の言葉で会話が出来ないので、やはり人間とはどうしても関わらないといけないんですよね……。
本音を言えば、信じたいんです。けれど信じてまた裏切られたらと思うと、警戒線はどうしても引いちゃいます。
恐らく私が誰かに全幅の信頼を寄せることは、二度とありません。100%信じるなんてことは、もうありません。
とても悲しいことですが……。


日記