ちっとも良くなってると思えない。2020/10/21
とにかく暗いので畳みます。
ざっくり要点だけまとめれば、「実家を出たい」です。
うつ病の症状が悪化してしまっていて、最近発症してしまった咳喘息(軽い喘息)も薬が効かず、一日中咳き込んでいる日々が続いています。
あと、目眩が数日続いてる。座っていても耳鳴りとふわふわしてる感覚が襲ってくる。
将来に全く希望が持てなくて、自分に全く期待出来なくて、何やっても良くならないんだろうなと諦めてしまっています。
面接は落ち続けるし、正直メンタルが仕事どころじゃない危うい状態だから、もし採用されたとしても長続きしない自信がある。
障害者向けの就労支援は数カ所経験したけど、福祉事業と言ってる割に全然障害者に寄り添ってないし、明らかに事業所の人間の落ち度であっても、不満を少しでも述べれば途端に煙たがれる。
こっちが支援してもらいたいのに、それでよく就労支援A型に通ってるなと疑うレベルの障害者(少し注意されただけで怒鳴り散らしたり、自覚があるのに体臭をほとんどケアしない、サポーター側からあれこれアドバイスを受けても「自分は発達障害者なので無理なんです」で一蹴するetc.)をこちらが気遣わないといけなくて、お陰で障害者そのものが嫌になってしまった……。
工場の作業系の仕事なら自分の仕事に集中出来るだろうと、とある大手外食チェーンの倉庫内でのピッキング作業をやったことはあるけれど、ピックした商品をコンテナに載せる際、連携しないといけない隣のラインにかなりクセのある男がいて、人のミスはぐちぐちと怒鳴る癖に自分は何度も商品を駄目にしてるような人で、慣れるまでと思って我慢していたけどある日上司から、休日に歯医者に行ったと話の流れで伝えたら、「休日はヘルプで入ってもらうかもしれないから、病院とか予定は入れないのが暗黙の了解」と言われ、我慢が限界を迎えて「あー、無理だ」と思ったので繁忙期になる前に辞めました。
色々悪い感情に敏感になってしまって、人間の汚い部分とか卑怯な部分とか、綺麗事とか、二面性とか、もう、他人に全く気を許せなくなってしまってるんです。
最初から期待しなければ、勝手にがっかりすることもないですし、今は他人は風景の一部と思うようにして、壁をつくっています。
極力、人間に関わりたくないです。
友人たちは、好きで友達になったので、知人その他に比べれば一緒にいて楽しいありがたい存在です。
けど、親友に裏切られた経験があるため、どんなに仲良くなっても親友レベルにはなかなか進展出来なくて、胸を張って「親友だよ!」って言える人が1人もいないのが現状なんです。
とても、申し訳ないのですが……。
信じていない訳じゃないんです。ただ、また裏切られたらと思うととても怖くて。
こっちが一方的に慕っているだけなんじゃないか、相手は私をそこまで好いてはいないんじゃないか、と疑ってしまうんです。
私は今、実家に住んでいます。父親と母親、私、それから猫1匹。
私はこの家にいると、息苦しくて、寂しくて、腹立たしくて、イライラがなくならなくて、考え出すと胸が潰れそうになって涙が流れます。
父親は、40歳の時に結婚したそうです。
それまで独身貴族を謳歌してて、大学時代の友人たちと遊んでいるのが楽しかったと以前言っていました。そのうち結婚して、そのうち子供作って、と、ふわふわしてるうち、気づけば40になっていた人です。
現代なら40で独り身でも、本人がそれで幸せならいいじゃないと許されるでしょうが、当時の時代が時代なので、40にもなって独り身だと、社内でもホモだなんだと好き勝手に噂され、母親からも「一度でいいから結婚して、安心させてくれないか」と勝手に心配され、お見合いを何度も紹介されたそうです。
母親は、父親より16歳も年下で、まあ、形式に当てはめるなら【社内恋愛】ということなんでしょう。しかし父と結婚することになったのは、父がコツコツ貯めたお金で自動車を一括払いで購入したのを、母が「お金持ちだ」と勝手に思い込んだためです。
母は子供の頃から浪費癖があり、結婚の際は母の母、つまり父の義母で、私の祖母にあたる人から「財布の紐はこの子に握らせてはいけない」と忠告されたものの、父は何も警戒することなく、専業主婦となった嫁さんにお金の管理を任せてしまい、結果、コツコツ貯めた蓄えをあっというまに使われてしまい、ある時通帳を見てびっくりしたそうです。
母親は、私が生まれる前にとある新興宗教に入信し、日中父は仕事で出ているので、必然的に私も母に連れられてその宗教団体の中で過ごすこととなりました。
当然ながら、父も父の親戚も、母の両親も反対したのですが、宗教の教えでそういう反対は全て【悪魔が仕向けたこと】であり、そういう“試練”に耐え忍ぶよう教え込まれるため、母はどんなに強く反対されても信仰心を守り抜くわけで。
その宗教内では、たとえ子供であっても家々を訪問し、聖書あるいは関連雑誌をオススメする【奉仕(伝道)活動】をしなければ仲間とは認められません。10代にもなれば立派な【奉仕者】であって然るべきであり、水に浸かる儀式“バプテスマ”を受けて正式信者となれば、月に最低でも1時間は伝道活動をしなければ、“不活発で信仰の少ない人”とみなされ、組織内でとにかく避けられます。週3で開かれる集会に来ても、みんな自分の信仰心を汚されたくないので、誰も話しかけないし、腫れ物扱いです。
小学校に通う年齢になると、まず、校歌を歌わないことを強要されます。宗教で崇拝している神様だけが唯一の正しい神であり、校歌は学校を褒め称える歌なので、宗教の教えに反するからです。同様に、国歌も禁止されています。
歌わないことを学校の先生方に説明しなければならず、当然ながら「校歌を歌うことは偶像崇拝にあたるので歌えません」という考えは理解出来ないものなので、みんなが歌う中自分だけ歌わないというのは、先生やクラスメイトからかなり奇妙に見られます。
そして、学校で仲良くなった子がいても、誕生日をお祝いすることも禁じられています。これは、誕生日を祝う行為が元々異教の行事だったからだと宗教内では教わりますが、ソースが確かなものなのかは疑わしいです。(この宗教内では、宗教が独自で出版している本や冊子、聖書からあれこれ学ぶのですが、宗教外の世間一般の資料を調べることは一切禁止されています。宗教が「正しい」というものだけを繰り返し繰り返し数年から数十年かけて刷り込まれるという、洗脳によくあるやり口です。情報統制ってやつです。)
キリスト教に分類はされていますが崇拝するのはイエスではなくあくまでイエスの父親である唯一神であり、また、誕生日を祝うよう聖書の中でイエスが述べていない、などの理由から、クリスマスも禁止です。
思春期に突入してもオ◯ニー(宗教内では「マスターベー◯ョン」と呼ぶ。)は禁止で、結婚前の男女が性行為をするのも禁止です。
これは今でも私の足枷となっていて、どうしてもお付き合いの段階でホテルやお泊まり、というのに抵抗があります。他の人たちが勝手にやる分には別に構わないんですが、自分がやるとなると、結構ハードルが高いんです。
あの宗教がおかしいんや、普通じゃないんや、と頭ではわかっていても、20年かけて叩き込まれた貞操観念はそう易々と解き放てないんです。
生まれてからうつ病になって辞めるまでの20年間は、あれやこれやと縛られて、ちっとも自由な人生ではありませんでした。
私はせっかくの土日なのに、知らない人の家に行って、どうせ断れられるのに聖書やら雑誌やらを紹介する口上を述べないといけないのがとても苦痛でした。
周囲から変な目で見られることが、とても嫌でした。
けどあの宗教が正しいと思い込んでいたから、神様がそれで喜んでくれるならと、色々なものを犠牲にしました。
信者の1人とは、30歳以上も彼女が年上だけど、普段からとても仲が良く、お互い親友だと言っていました。彼女と一緒にいられるだけで幸せで、彼女とお喋りする時間がどんな時より幸せで。
だけど彼女は、私が同じ信者だから仲良くしてくれたんです。
私がうつ病を患ったとわかった途端、関係が崩れました。直接会って話せた時に、うつ病が辛いと相談しようとしたんです。そしたら、「そんな暗い話をすると暗くなるから駄目よ」と笑顔で断られました。
親友が辛い目に遭っているのに、彼女がやったことは、ただ祈ること。「いつもあなたのことを神様に祈ってます」という内容のメールが来るあの日々は、ただただ辛かった。「ああ、私のために祈ってくれているんだ」と嬉しくなるようなことは、全くなかった。
途中で音信不通となり、あの人が今どこで何をしているのか全くわかりません。わかりたくもない。
ずっと心を捧げてきた宗教が嘘っぱちだとわかった時、私は、解放されたというよりは、虚しさを感じました。
父方の親戚とは、宗教のせいでずっとほとんど顔を合わせることもなかったため、今でも気まずい関係です。何か話そうにも、思い出が何もないので、伯母たちが何が好きで、どういう話が好きなのか、全然わからないんです。
親戚なのに、他人と一緒です。
たとえ同じく騙されていたとしても、母にはせめて、一言だけでも謝って欲しかった。
「巻き込んでしまってごめん」って、その一言だけで良かった。
母はまだいいですよ。自分で望んで信者になったんですから。けど私は、母親が信者になったから、日中面倒を見る人が母親しかいなかったから、選択肢なんて最初からないんです。
20歳までの私にとっては、あの宗教団体が居場所であり、世界でした。
あの頃の脳内お花畑な自分にも腹が立ちます。なぜ、全く疑わなかったのか、嫌だと反抗しなかったのかと。
タイムマシンがあったらどうするかって話は時々見聞きしますが、私はタイムマシンがあれば、父と出会う前の母のところに行って、母を始末します。
どうしても、母を許せません。母も被害者だから……それがなんだというのでしょう。たとえ被害者だとしても、自分が産んだ子の人生をめちゃくちゃにしてくれたんですから、一言くらい謝罪の言葉があってもいいじゃないですか。
時間が経てば経つほど、母への恨みが強まる一方です。気持ちが薄れるどころか、益々色濃くなっていくのを感じます。
今では母はほとんど家におらず、日中は仕事に行き、夕方から夜までは趣味のダンスを楽しみ、一言も会話することなく一日が終わることなんて日常茶飯事です。
母は精神年齢がとても幼く、自分の言い分が普通の考え方からすれば間違っていても、間違いを認めません。正論を言われると、開き直って自分の正しさを主張し、一切聞き入れません。
家にいる時は口を開けば会社の愚痴、ダンス仲間の愚痴、家の掃除が出来ていないことへの文句など、ろくな発言がありません。普通に話したいのに、気づけば私が母親の無料カウンセラーみたいな立ち位置になってしまうんです。
ほとんど家にいないから、家の事情は把握していません。何も知らない癖に、あれしろこれしろと注文だけは立派です。
もう、家を出たいです。障害基礎年金を貰えてはいますが、一人暮らしは不可能な金額です。なので最悪、生活保護も視野に入れてます。心療内科の病院への入院もかんがえましたが、入院だとあれこれ制約がありそうで、生活保護の制約の方がまだマシそうではあります。
とにかく、この家を出たいのです。あの両親から離れられればそれでいいんです。
私と両親は、何年経っても分かり合えない。今の時点で私のメンタルが深刻な状況に追いやられているのに、もう5年10年も一緒に暮らす余裕はないです。
気がかりなのは一緒に住んでいる猫です。私がいなくなれば、完全に母のストレス発散相手にされてしまうでしょう。母は猫に対しても乱暴で、猫が嫌がっているので私が注意しても、「喜んでるよ!」と言って聞かないのです。本当に、救いようのないクソババアです。時代が時代なら撃つか刺すかして殺してる。それくらい、私はあの人が憎い。
不幸のどん底を味わえばいいと思ってるし、介護なんて絶対してやらんぞ。いざとなったら、精神障害を盾に介護を放棄します。
誰か友人と一緒に暮らすのも手だと考えてはいますが、私が友人の負担になるのは困ります。
現状では仕事は難しいけど、家事ならなんとかなりそうではあるんですよ……。友人ってだけで私にとってはかなり好きな相手だし、友人は趣味も共有出来るし、本当にもう、ありがたい存在です。
障害基礎年金 + 生活保護なら、月々の支払いもいくらか出せそうですし、ゆっくり療養しながら復帰を目指すことも、実家にいるよりは期待出来そうですもん……。
もうほんと、今は毎日毎日楽に死ぬ方法があればいいのにねと考えてしまうくらいにはネガティブなので、もう……学生時代のあの自信に満ち満ちた自分が眩しすぎて見たくない。