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blog modoki

「自分らしさ」について悶々2021/10/13


なんでしょうね。
ずーっと考えてるんですが、これだ!が出ない。
結局私は色んな人間に合わせてばかりで、「自分」というものを大して持ってない"お人形"なんだと思います。
けど考えてはっきりしたのは、自分は「テンションの高い人」じゃないってこと。


元々愛想のいいタイプじゃないんですよ。最低限の挨拶はしますが、誰にでもニコニコ笑顔でいられるわけじゃない。
「ウェーイ!」って騒げない。宴会では静かな場所で一人静かに淡々と、酒とつまみを楽しむ人です。

性格も可愛いものではないです。相手の言葉の裏を考えるため、「可愛いね!」と言われても額面通りに受け取れません。
褒められて嬉しくないわけじゃないんですが、リアクションが薄いんです。「お、どうもありがとうございます」と返すくらいで。本当に、嬉しくないわけじゃなくて、表に出にくいだけ。

面倒見も、別に良くありません。友達相手ならともかく、見ず知らず又はそこまで…な人のためにあれこれ世話を焼くのは向いていません。
相談されて、一言二言返すことは出来ますが、あまり「でも…」「いや、だけど…」などと渋られると、「もう勝手にすればいいじゃない」と思います。
面倒くさくなるんです。

「面倒くさい」という一言に全てが詰まってます。
怒るのも面倒くさい、面倒見るのも面倒くさい、人間関係面倒くさい、もう、とにかく面倒くさい。
私にとって「面倒くさい」はやる気を削ぐ敵でもあり、なかなか離れられない腐れ縁でもあります。

「印象を悪くしたくない」「印象はいいに越したことない」と、「いい人」であろうという気持ちが強すぎます。
まあ、所謂「世間体を気にする」ってやつです。
他人から見てどうかばかりを気にして、全然羽を伸ばせてない。
この部分に関してはもう、生まれてから20歳で辞めるまで入ってたカルト宗教の弊害が出てます。
「いい子ちゃん」として生きることを強要されていましたので。
嘘は一切許されず、女性は男性に逆らわずに黙って話を聞くものと教わり、とにかく「空気を読むこと」を徹底的に教え込まれました。
それに対して何か意見を言おうものなら、「霊的でない(信者としての振る舞いが出来ていない)」と村八分。

せっかく辞めたのに、まだまだ完全には抜け切れてないんだなと思うと、もう、笑ってしまいます。
これまで親にも逆らわなかったので、私が逆らうと特に母親が怒るんです。「親に対してその言い方はなんだ」と。逆らわれたことがないから、対応がわからないのかもしれません。

「自分らしさ」はどれだけ考えてもまだまだ足りないだろうし、自分なりの答えが出るのは数年後かもしれないし、だいぶ年取ってからかもしれない。死ぬ直前かもしれない。
誰か偉い人は「人生は自分を創るもの」みたいなこと言ってたし、これから先、どうなるか。

レールを外れたことがないから、無難な選択しかしてきてないから、いざレールを外れると、どうしたらいいのかわからなくなる。


日記