04





割り当てられた任務の日。
スマホで時間を確認すれば、集合時間まではまだ少し時間がある。唐突に甘いものが飲みたくなった名前は、数少ない高専内の自動販売機へと足を運んだ。
いつもはブラックコーヒーを選ぶところだが、気分は甘めのミルクティー。


「珍しいもん飲んでんな」
「恵じゃん。なんかミルクティーの気分だった。おはよ」
「おはよう名前」


近くのベンチで腰かけて飲んでいれば、何処からともなく恵がやってきて、自然と名前の右隣へと座る。彼の服装が制服でないところを見ると、これから稽古なのだろう。


「恵は真希ちゃんたちと稽古だっけ」
「お昼からな」
「えっ」


恵の発言に驚いた名前は思わず目を見開く。
今の時間は午前10時の少し前。お昼と呼ぶには早い時間だった。それなのに、恵は準備を済ませ名前の目の前にいる。
名前の驚きを他所に、恵は彼女の右肩にぽすりと頭を乗せた。


「あ、もしかしてお見送り?」
「…………おう」
「あら珍しい」
「………………」


これまで任務に行く際、お互いに見送ることはしていなかった。タイミングが合えばするくらいで、毎回わざわざ足を運んでまではしていない。

少しの沈黙のあと、恵は名前が両手で持っていたミルクティーを奪い、ベンチの空きスペースへと置いた。
空いた名前の手を、するりと自身の手と絡ませて感触を楽しむかのように握りしめる。
彼のどこか拗ねているような雰囲気に、名前は少し口角があがった。


「……名前は楽しみじゃなかったのかよ。明日は一緒に出かける約束してたのに」
「そりゃあ楽しみにしてたけど、急遽泊まりの任務になったんだもん。こればっかりは仕方ないよ」


明日は2人のオフが重なり、久しぶりに外へ出掛ける予定をたてていた。
しかし、日帰りの予定だった任務先に、特級呪物の両面宿儺が在る可能性の報告があがったのがつい2日前の話。突発的に任務が入ることや、任務の内容が変わるなんてことは珍しいことではない。
名前は急遽泊まり込みで対応することになったのだ。


「また今度、お買い物の予定たてようね」
「……ん」
「行ってきますのちゅーでもする?」


そう言葉にした瞬間。握られていた手が強く引かれたかと思えば、束の間に名前の視界には恵だけを映す。
ほんの冗談のつもりで放った言葉だった。
予想だにしていなかった一瞬の出来事に、恵が離れた後も名前はぱちくりと目を大きく開けたまま。


「……顔、真っ赤」
「や、だって、ほんとにすると思わなかったし、誰かに見られたらどうすんの……」
「そん時はそん時だろ」
「………………」
「睨んでも怖くねえよ。ほら、補助監督来てるぞ」


立ち上がり指を指した方へ目を向けると、校門の向こう側には見慣れた黒の車。ドアの近くで立っている補助監督から、遠目で会釈されたのがわかった。
お迎えが来たからには、任務に行かなければならない。


「……名前」
「なに?」
「行ってらっしゃい」
「…………行ってきます、恵」


行ってきますというのは、どこかに行っても再び帰ってきますという言霊。
行ってらっしゃいというのは、行って無事に戻ってきてくださいという言霊。
言葉は呪いだと思う。
昔、悟が憂太にかけた言葉。愛ほど歪んだ呪いはないというのもまた、呪い。
祓うはずの呪術師が呪い合うなんて、なんてことをたまに考えることがある。
でもその呪いがあるから、生きようと思うのだ。


「今日もよろしくお願いします、補助監督さん」








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