05





「疲れた…………」


手足がまるで鉛のように重い。
準1級術師でもある名前は、状況に応じて単独任務も少なくはない。

今回の任務は現場から民家が近いこともあり、いくら帳があるとわかっていても、ひっきりなしに襲ってくる呪霊を祓いながら近隣住民にも気をかけなくてはいけなかった。
おかげで体力も気力も、呪力もからからだ。


「少し眠ってもいいですよ」


補助監督が運転しながら、優しくそう声をかけてきた。
名前は力なくお礼を伝えたが、目蓋を閉じることはなく、窓の外を流れる景色を見つめた。
早朝から深夜までぶっ通しの任務で、名前の体は休息を求めていることは自身でわかっている。
それでも、名前は気心が知れない相手の前では眠れない。寝ないのではない、眠れないのだ。
職業柄なのか、気持ちの問題なのかは定かではないが、昔からそうだった。らしい。
気づかされたのはつい最近の話で、恵曰く「信用してない人の前じゃ絶対に寝ないよな」とのこと。
目から鱗とはまさにこのことだった。

そんなことを思い返していると無性に恵に会いたくなったが、もうすぐ日付が変わる時間。流れる景色をぼうっと見つめて、スマホを開くことはなかった。

補助監督にお礼を告げ、高専に着いた時には既に日付が変わっていた。
重たい体をひきずって寮へ向かえば、自室の向かいの窓にもたれた人影が見える。
月の明かりに照らされたその人物は、名前が会いたくて会いたくてたまらない彼が、そこには立っていた。


「幻覚…………?」
「んなわけあるか」
「めぐみだ」
「……おう。おかえり」
「ただいま」


今は日付が回った深夜。
廊下には誰もいないからか、恵は両手を広げて名前を腕の中へと招き入れる。
名前は疲れきった体を預けるように、恵の腰に腕を回した。
彼は既に制服ではなく、私服姿。お風呂も入ってきたのか、ほんのりボディーソープの匂いがする。


「五条先生から聞いた。今回の任務、本当は2人で行くはずだったのに、急遽1人で行ったんだってな」
「そうなの。代わりの術師も手配できないとかなんとか言われて、挙げ句の果てには五条悟の妹だから大丈夫だよね、とか言われちゃってさ………。さすがにキレそうになった」
「お疲れ、名前」


恵は抱き締めていた腕を緩め、名前の頭を撫でる。
ずっと張り続けていた糸がぷつりときれるように、名前に唐突な睡魔が襲う。
それを感じ取った恵は、念を押すように「まだ寝るなよ」と声をかけ、名前を自室へと連れていく。
重たい瞼を押し上げ、恵は手慣れたように着替えを準備し、名前をバスルームへと押し込んだ。
以前にも似たようなことが何回かあり、その度にお風呂に入っておけばよかったと後悔している姿を何度も見ているからだ。


「恵」
「風呂場で寝なかったか?」
「うん、ありがと」


寝るための全ての支度を済ませた名前は、ベッドを背もたれにして座っていた恵の隣へ腰を下ろす。
スマホを操作する恵の横顔をじっと見つめる名前。
日付が変わった昨日は恵も任務のはずで、なんなら今日も寝て起きたら任務だったと記憶していた。
それなのに、何故彼がここにいるのだろうか。


「なに?」
「恵、今日も起きたら任務じゃなかったっけと思って。ここに来て大丈夫なの?」
「ああ、それだけど。なくなったから、任務」
「…………えっ」
「手違いだったらしい。だからそのままオフになった」


そう言って恵はスマホの明かりを消し、ベッドサイドの充電器へと繋ぐ。ついでに名前のスマホも奪い取って同様に充電器へと繋いだ。


「名前、おいで」


恵に呼ばれ、腕の中へと飛び込む。安心する彼の匂いに包まれ、つい抱き締めた力が強くなる。


「こっちで一緒に寝るの久しぶりじゃない?」
「いつもは名前が俺のところに来るからな」
「確かに。……来てくれてありがとう、恵」
「どういたしまして」


恵は名前の髪の毛をかきあげ、露になった額に唇を落とす。ふと、長く交わる視線に、どちらからともなく唇が合わさった。


「たまたまオフが重なったし、起きたら一緒に買い物行こうよ」
「ああ、そうだな」





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