06





ある日の土曜日。
この日、恵は悟に朝から稽古をつけてもらっていた。
体術は彼や真希に教えてもらい上達はすれど、元々持ったポテンシャルの高い同期、虎杖悠仁には及ばないと端々で感じる。
背に腹はかえられず、今日も稽古を頼んでいた。

何度も何度も吹っ飛ばされ、息も絶え絶えになりながら稽古を終える。流血沙汰じゃないだけまだましだ。
恵はタオルで汗を吹いていると、涼しい顔でスマホを操作する悟を視界の端で捕らえた。


「もしもし?うん、もう少しで高専出るけど…………ああ、恵?」


ふいに自分の名前が出て目を見張ると、恵の方に向いた悟と目が合う。悟は「ちょっと待って」と言うとスマホを耳から離し、恵へと問いかけた


「恵、これから暇?」
「まあ……適当に飯食って部屋で寝るだけですけど」
「ならご飯一緒に食べる?って名前が」
「行きます」
「いつも即答だね。ウケる。じゃあ30分後に玄関ね。もしもし名前?……うん、そう。恵と1時間弱くらいでそっちに向かうから」


恵は荷物をまとめて、シャワールームへと急ぐ。
電話口の相手はどうやら名前からだったようだ。名前は週末、悟と都合が合えば食事を共にしていることを恵は知っている。悟が高専を卒業してから出来た習慣なのだと。
恵と悟が稽古をしていることを知っていた名前は、折角だからと声をかけてくたのだろう。

しっかりシャワーを浴びて私服へと着替え、悟が指示した場所へと向かう。
何時ものごとく、怒るほどでもない遅刻をしてきた悟を最早咎めることもせず、大人しく彼の後ろをついていく。
どうやら駅の方面へと向かっているようだ。電話の会話から推測すれば、買い出しの関係でどこかで待ち合わせでもしているのだろうか。
すると、目の前にいた悟が小さく「あれ」とこぼすのが聞こえた。


「どうかしたんですか」
「あそこにいるの、名前だね。多分ナンパされてる」
「は、」


悟が指差した先、恵の視界に映るのは口を真一文字に結び、応えることなく真顔でスマホを操作する名前の姿と、回りに群がる男が数人。
そんな姿を目にした途端、悟を勢いよく追い抜き、恵は名前の方へと向かう。
近づくにつれ聞こえてくる彼女に向けた下卑た声。苛立ちを抑え、彼女の名前を呼ぶ。


「あ、来た」
「悪い、遅くなった」
「ちょっとちょっと!先に声かけてたの俺らなんですけど!?」


声をかけ続けていたのにも関わらず無視されたことに腹を立てたのか、男は恵の方へと向かう名前の腕を掴んだ、その瞬間だった。
それを見た恵は反射的に男の腕を掴み、抑えていた苛立ちを全面に押し出して相手の腕を強く握り込んだ。それと同時に鋭く睨むと、相手の顔が苦痛に歪む。


「い゛っ……!?」
「…………だったらなんだよ。触んな」
「はいはい行くよー」
「はは、名前猛獣使いみたい。ウケんね」
「あながち間違いでもない気がする」
「誰が猛獣だ」


先程のことをさして気にすることもなく、そこから3人でスーパーへ向かい、何を作るのか揉めながら買い出しを済ませる。
結局、久しぶりだからと恵がすきな生姜料理の定番、豚の生姜焼きになった。
帰る道中も悟は文句をたらたら言っていたが、そこは付き合いも長い3人。受け流すことを知っている。

悟と名前が週末だけでも都合が合えば食事を共にする理由は、出張続きな悟の食生活を案じた名前からの提案だった。

なんでも出来るが故に、なにもしないことも多々あることを名前はよく知っている。
特級呪術師で、最強呪術師、五条悟。早々に死なないとは思っていても、心のどこかではふらっと消えてしまうんじゃないかと思ってしまう。

だからこそ、こういう"普通"に触れて欲しいと名前は思うのだ。


「悟くん、おかわりいる?」
「いる、ありがと。いやあ、名前の料理はほんと絶品だね!」
「それはどうも」
「安心していつでも嫁に出せる。ねー、恵」
「そうですね、年齢以外はいつでも迎える準備は出来てます。でもその前に、この呪術界をなんとかするんでしょう。俺、五条先生とやりあうのはごめんですよ」
「そんなの困る。私どっちの味方すればいいの」


ぽろりと呟いた名前の言葉に「そんなの俺(僕)だろ」と、2人が放った言葉は見事に重なった。さも当たり前かのような口振りに、思わず名前は堪えきれずに吹き出してしまう。

願わくば、そんな未来が来ませんように。
願わくば、こんな日常が続きますように。






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