白に包まれる

(高専時代)




日付が変わった深夜。
皆が寝静まっているであろう時間に、名前はソファ
ーに小さく座っていた。
目の前にはテレビが特に興味も起こらないような番組が、ただ垂れ流しになっている。


「なにしてんの?名前」
「…………五条くん」


顔をあげれば、いつのまにか共有スペースに来ていた同期の五条悟が扉の近くに立っていた。
日付が変わった昨日は任務だったはずだ。そんな彼は、部屋着で真っ黒なサングラスもせず、手には夜食であろうおにぎりを持っている。
状況から察するに、任務から帰宅後にお風呂に入った後、空腹に堪えれずそれを満たしに来たのだろう。
こんな深夜に米を食べるなんてさすが現役高校生だ、なんて名前は心の中で独りごちる。


「おかえり。お腹すいたの?サングラスは?」
「ただいま。部屋に置いてきた。腹減ったから適当に食ったら戻ろうと思ってたし」
「ふーん」
「名前は?」
「……なんとなく」
「ふーん」


悟は名前との間に少し空間を空けて座った。寮母にお願いしていたであろうおにぎりのラップを開け、もくもくと食べ出す。
さして面白くもないテレビに視線を向け、2人の間にはしばしの沈黙が訪れる。

この状況は名前にとっては想定外だった。どう抜け出そうか、そんなことを考えながら冷めたマグカップを手に取る。
ここ最近寝付きが悪い名前は、度々共有スペースで時間を潰していた。それも同期たちにばれないよう、タイミングを見計らって、だ。

寝付きが悪い原因は、名前本人が一番理解している。
スカウトで入学した都立呪術高等専門学校。入学当初は実戦経験もないに等しく、教師や同期に鍛えられながら任務をこなす日々。
そんな毎日を繰り返していたある日。薄々感じてはいたが、段々と眠りが浅くなっていくことに気付く。
慣れない呪霊討伐の日々に神経を磨り減らしていれば、いつの間にか眠ることさえ怖くなっていた。

いまここで自室に戻ったところで、睡魔がやってくる気配もない。かといって、ここに居続けていても、名前に対して心配性な悟は、自室に戻らない彼女のことを気にかけるだろう。
どうしたものかと思考を巡らせていると、悟がおもむろに口を開く。どうやら夜食で持ってきたおにぎりは綺麗に完食したようで、手には湯気の立つ湯のみを握っていた。


「……名前」
「なに?」
「明日、っつか今日か。確か名前もオフだったよな」
「え、うん。そうだけど」


いつもは真っ黒なサングラスに隠されている双眼。ふいに、悟の吸い込まれそうな蒼に見つめられると、どきりと名前の心臓が跳ねた気がした。
自分の休日なんて聞いてどうするのか、そう思っていると携帯の画面をずいと名前に突き出してきた。
その画面に表示されているのは、どうやら今度出来るカフェのオフィシャルページのようで、プレオープンの文字がでかでかと表示されていた。


「これがどうかした?」
「名前、甘いの好き?」
「まあ人並みには」
「じゃあ今日、寝て起きたらここに行くぞ」


突然の誘いに、名前は目を見張る。
そして悟は名前の返答を聞くこともせず、自身の湯のみと彼女のマグカップを奪い流し台へと持っていく。
そのまま悟は自室に戻るのかと思いきや、未だソファー座ったままの名前の前に戻ってくる。190を超える悟に見下ろされるのは、それはそれは迫力がすごかった。
すると、差し出される彼の掌。それが何を示しているのかわからず、思わず名前は首を傾げる。
それでも無言で指し述べられ続ける大きな掌に、もしかしてと自身の掌を重ねれば、どうやらそれが正解だったようで優しく引っ張られた。

それは力強くて、優しい掌だった。
悟は満足げに笑ったかと思えば、名前を連れ共有スペースを後にした。


「五条くん、どこに、」
「俺の部屋」
「なっ」
「どうせ起きたら一緒に出掛けるんだし、一緒に寝てついでに起こして」
「……なんで私が、五条くんから誘ったくせに」


そんな名前の呟きは、月明かりが照らす廊下へと吸い込まれた。

悟は歯を磨いてくると言って、名前を自身のベッドへ座らせる。どうやら本気で一緒に寝る気のようだ。何故一緒に寝なくてはいけないのか。付き合っているわけでもないというのに。
だがもうここまで来ると諦めが勝り、名前はぼふりと悟のベッドに倒れ込み体を沈めた。

ふと、名前の鼻腔をくすぐるにおい。名前は直感的に悟のにおいだと思った。
香水でもなく、柔軟剤でもない。教室でも、一緒に車に同乗しているときでも、ふと感じ取っていた安心するそれが、ここには充満している。
そんなにおいに包まれるように、掛け布団を握り締めると、急に瞼が重くなるのを感じた。
先程までは毛ほども感じなかった睡魔が唐突に名前を襲い、そのまま従うように意識を手放した。

その数分後。寝る準備を済ませた悟が自室へと戻ってくる。
ベッドを覗き込めば、掛け布団に埋もれるように、名前が静かに寝息を立てていた。


「……っは、天使みてえ」


窓からこぼれ落ちる月明かりに照らされ、真っ白に包まれながら穏やかな顔で眠る名前の姿は、まるで天使を連想させた。
悟はそんな彼女の頬を優しく撫で、名前を起こさないように起用にベッドへと寝かせる。

名前は隠しているつもりだろうが、数少ない同期は皆知っていた。化粧で誤魔化したその下には隈があることを。
任務以外でも度々自室にいないことも硝子はなんとなく気づいてはいたが、硝子を含めその話を聞いていた悟、傑もなかなかその場面に遭遇することはできなかった。

今回遭遇できたのは本当に偶然だろう。
無理矢理にでも理由をつけて悟の部屋へと連れてきたのは、純粋に安心した場所で眠ってほしい、そんな気持ちだった。
それでも、自身のベッドで無防備に眠る名前は、悟の想い人でもある。下心で連れてきていないとはいえ、好きな女の子が自分のベッドで眠っていることもまた事実。


「…………これくらいは、許されるよな」


そっと名前の額に唇を落とし、悟は彼女の隣へと潜り込んだ。





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