09





「名前さんと五条先生って、兄妹にしては似てないわよね」


名前を除く高専2年生が1年生を指南していたときのこと。
任務帰りであろう名前と悟の姿。そして先程のセリフは、少し遠くで2人仲良く歩いている姿を目にした野薔薇がぽろっとこぼしたものだった。
別に誰かに向けて放ったわけではなかったが、反応し同意したのは1年の悠仁だけ。2年生と恵は黙ったままだ。


「え、なに。この雰囲気」
「……なんで真希さんたち俺を見るんですか」
「だって……なあ?」
「明太子」
「本人いないとこで言うのもあれだけど、恵なら」
「どういう理屈ですか、それ」


全員が恵に視線を向けている中、渦中の名前がひとり、「ただいま」と声をかけながら寄っていく。
どうやらあの後、悟とは別行動になっていたようだ。

声をかけたことで名前へと視線が向くと、えもいわれぬ雰囲気が彼女を襲う。
悪い雰囲気ではないのだろうが、いましがた帰ってきた名前には理解ができない。
そんな彼女を見た恵は、一歩踏み出し名前を迎え入れた。


「おかえり、名前。いま丁度名前の話をしてたんだよ」
「なんだ、びっくりした。ただいま、恵」
「野薔薇が、悟と名前が似てないってさ」
「それ久しぶりに言われた。まあ血が繋がってないから当たり前なんだけど。はいこれお土産ね」


名前はさして隠す様子もなく、いつもの通りけろりと会話を続けた。
あまりにも普通の会話のなかでいきなり落とされた発言に、悠仁と野薔薇は目を見張りぽかんと口が開いている。


「…………まだそこまで聞いてなかった感じ?」
「しゃけ」
「あれま」


少し考える素振りを見せ「昔話でも聞く?」と2人に問うと、両者とも勢いよく首を縦に振った。
稽古が終わったら悠仁、野薔薇は談話室に来る約束をして、自分用にも買ってきたお土産を手にしながら名前はお茶の準備に向かう。

少しして、普段着で現れた悠仁と野薔薇、そしてその後ろには恵もいた。眉間に皺を寄せ「なんで俺まで」と小さく呟きが聞こえる。


「恵もきたの?」
「連れてこられた」
「連れてきた!」
「ソファーに3人は狭いだろうし、じゃあ恵は私の隣ね。いま飲み物用意する。悠仁くんと野薔薇ちゃんはカフェオレでいい?」
「あざっす!」
「ありがとう、名前さん!」


当たり前のように恵の前にはブラックコーヒーが置かれ、先程まで深く刻まれた眉間の皺がなくなる。知り尽くしたそれに、恵はほんの少しだけ口角をあげた。


「じゃあとりあえず、私と悟くんについて。ちょっと長くなるんだけど、」


五条名前は、五条家の養子である。旧姓は宝生。
小さい頃に交通事故で実父を亡くし、実母はその事故による鬱で入院中。
そんな中、名前を育てたのは彼女の父方の祖母。祖母は五条家住み込みの使用人だった。
幼少期は祖母の元で暮らしていた名前だったが、ある日とんでもないことが発覚する。

――宝生名前は、五条家の血筋だということ。

端的に言えば親戚だ。そしてそれは、祖母が老衰で亡くなった後に発覚したことだった。
呪力量はさることながら術式も申し分ない。そんな物件を、五条家はただ黙っているわけはなかった。直系ではないものの血統付き、しかも身寄りもいないに等しい名前をどうにかして欲しがった。

五条の血筋だと発覚したところで、周りの大人に左右されるしかない年端も行かぬ名前に、選択肢などありはしない。
幼いといえど、名前にはそれがわかっていた。ああこれから、ここで人間扱いされることはないのだろうな、と。

その時、救いとも言える手を差し伸べたのが当時高専1年の五条悟だった。
今後名前の後見人は実質的に悟になること。名前と名前の母親の安全は、悟の名に置いて保証することを約束してくれた。


「五条先生はどうしてそこまで?」
「おばあちゃんには大層世話になったんだって。恩返しじゃないけど、おばあちゃんに何かあったときは悟くんが私を引き取る約束をしてたみたい」
「でも、名前さんは養子なのよね?後見人だけなら、別に養子じゃなくてもいいんじゃないの?」


野薔薇の言うとおりだ。
鬱で入院中とはいえ名前には実母がいて、いつかの未来にまた笑い合える日が来ることだって考えられる。
それでも養子という形になったのは、五条家からの条件だった。
それはまるで、見えない鎖に繋ぐような条件。


「五条家の養子になれば法律上は悟くんと兄妹として扱われるけど、それは法定血族というだけなんだよね」
「どういうこと?」


例えば、連れ子同士の再婚でいきなり義理のきょうだいが出来て、そこから恋に落ちるよくあるパターン。少女漫画やドラマでありがちなストーリー。
直系血族、三等親以内の傍系血族だと確かに結婚はできない。ただ、養子の場合は両者結婚することができるのだ。
これを知っていた五条家は、悟が出した条件を呑む代わりに、名前を五条家に養子として迎え入れ、20歳になったら悟の伴侶にすることを条件に加えた。


「もっと正確に言えば、私が20歳になるまでに悟くんが結婚しなかった場合。さすがに当時の年齢的に犯罪だしね」
「ってことは、かたや血の繋がらない兄と妹で、かたや許嫁ってこと!?」
「そんなとこ。結婚するまでの間、少なくとも自分と母親の安全は確保され、悟くんも私と言う最終手段がいることで鬱陶しい女関係からは解放されて、五条家にとっても跡取りを産む女をキープできる。ウィンウィンどころかウィンウィンウィンね」
「でも名前さんは伏黒と……!」
「そうだよ!」


野薔薇と悠仁の勢いに、恵と名前は思わず顔を合わせた。
2人の関係性は"昔の馴染みで、家族みたいなもの"だ。それに関して嘘偽りはないし、間違ったことでもない。
でももし、仮に恵と名前が恋仲でと呼ばれるものあったとしても、名前が五条家の養子である事実が変わることはない。
そして、法律上の縛りがある限り名前が逃げることは許されないのだ。
名前はへにゃりと眉を下げながら、悠仁と野薔薇の方へと顔を向けた。


「……ありがとう。でも、法律で関係を縛れても、私の心は私だけのものだから。それに、悟くんもついてる」


この腐りきった呪術界を変えるのだと、そのために奮闘する義理の兄のため。そして、自分たちの未来のため。
信じた未来の先、隣に座る彼との未来を想像して、名前はぬるくなったコーヒーを啜った。





*****
法律うんぬんはめちゃめちゃ調べたのであってるはずですが、もし間違ってたらそっと目を瞑ってください……。


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