02





「……あの……」
「……」
「……亜貴さーん」
「…………」
「えー……、」


お互いの仕事が早く終わったから、今日は亜貴がうちに泊まりに来た。そんな事はよくある話で。そう、そこまでは。
いつもと違うのは亜貴のこの態度。

亜貴から泊まりに行くと連絡が来て、数十分後には渡している合鍵で入ってきて。おかえりと言った私の言葉と同時に荷物を置いたかと思うと、ソファで座っていた私の膝へと頭を降ろしてそのまま腰に抱きついてきた。ここまでは一言も発さずに、無言で。

こういう時、私は無理に聞き出しはしない。
私だって何かあった時に根掘り葉掘り聞かれるのは好きじゃない。それに言いたくなれば言うし、言いたくなければ言わない。

ぎゅっと擦り寄る亜貴に可愛さを感じながら、そっと柔らかい髪の毛に指を通す。
普段はあまり甘えてなんて来ない亜貴を見て、抑えられずに上がった口角は、下から覗いた亜貴にはどうやらばればれだったようで。


「……なに名前はにやにやしてるわけ」
「ん?亜貴が可愛いなーと思ってたの」
「何それ。嬉しくないから」
「知ってる」
「……言っとくけど、今日は名前が原因だから」
「わたし?」


思いがけない言葉にきょとんとすれば、ぼそぼそと亜貴が話し出した。その内容はまあ簡潔に言えば嫉妬したらしい。

今日のお昼、私の会社に用があった亜貴は、たまたま私がいつもいるデスクを覗いたらしく。
そこで見えたのは、私が亜貴の知らない男に手を握られている所。
亜貴が言う時間くらいに確かに手は握られ、会話の内容も食事に誘われた時の場面で。でもやましいことなど何一つなくて、その新人社員には大事な人がいると伝えて丁重にお断りもした。
本来仕事上だとお互い私情は挟まないという暗黙のルールがあるけれど、今回亜貴が目撃したのは明らかにそうでなかったからどうやら余計にもやもやしたみたいで。


「でもあのひとには彼氏いるって伝えたよ?」
「そういう問題じゃない。僕は仕事中で、しかも声掛ける時間もなかったし、仮にそうでも、その人には関係ないかも知んないじゃん。しかも相手が僕だってことは知らないんだし」
「それはそうかもだけど……って、ぅわっ、」


亜貴が私の膝から勢いよく起きあがったと思えば、次に見えたのは亜貴とその向こうの天井だった。
それを認識すると同時に亜貴の顔が首元へと落ちてきて、そこには微かな痛みが走る。


「……よし。これなら当分、変な虫は寄りつかないでしょ」


亜貴は満足そうに笑って、首筋をすっと撫でて私の上から離れていく。


「……そんなことしなくても、私は亜貴の傍を離れたりなんてしないのに」
「知ってる。けど僕の気が済まないからこれでいいの。あー、お腹空いた」
「ねえ、これ見えちゃうんだけど」
「見えるようにつけたんだから当たり前でしょ?それより名前、晩ご飯作ってくれたんだったら早く食べよ」
「もー……はいはい。温めるからちょっと待ってて」


次の日。
新人くんの前でその赤い痕を出しに使って、彼に牽制した亜貴の姿が見られたとかどうとか───。





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