04

※過去捏造





「なにしてんの?授業、出てないんだって?」
「……あきちゃん」


桜が舞う季節。4月も半ばに入れば、木々たちも綺麗だった色を変え、少しずつ緑を帯びてくる頃。
もう既に寒くはなくなり、暖かくなった最近はカーディガン1枚で過ごせるくらいだった。

1時間目の後、私はなんとなく授業を受ける気が起きず、残りの午前中の時間を教師の見つからない所で過ごしていたらいつの間にかお昼休みになっていたようで。

優しい声色に目を開けば、寝転がった私をのぞき込むあきちゃんがいた。


「桜、すごいついてる」
「あー……ここあったかくて、ほとんど動いてなかったから」
「そっか。よく教師達に見つからなかったね」
「でしょ?ここ、私の穴場スポット」


あきちゃんは私がさぼった理由を特に聞こうともせず、そっと隣に座る。きっと聞かなくても、なんとなくあきちゃんはわかってる気がする。


「お昼ご飯は?」
「んー……いらない」
「また?昨日もほとんど食べてなかったじゃん。ちゃんと食べてるわけ?」
「食べてるって。いまはお腹が空かないだけ」
「…………」
「…………」


じとっとした目でこちらを見つめてくるあきちゃん。
目を合わせていられなくて顔を背けるわたし。


「……昨日だけじゃない。その前も、先週も、おばさんに聞いたら家でもそんなに食べてないらしいじゃん」
「…………」
「理由は進路、違う?」
「…………」


進路。私達はこの春、高校3年生になった。嫌でも進路という言葉を耳にする。それはもう、うんざりするほど。
あきちゃんから発せられた事実に私は思わず俯き、眉間に皺が寄る。
無理矢理に私と視線を交わしたあきちゃんは、その顔は当たりだね、と言って少し笑った。
そしてあきちゃんは私の肩にもたれ掛かってきて、少しずつ、ゆっくりと私に話しかける。


「このままでいいから、名前に聞いて欲しいことがある」
「…………」
「僕、デザイナーになる」
「え……」
「色々と条件付きだけどね。今すぐじゃないけど、ゆくゆくはちゃんと神楽の家を継ぐ話もつけてきた」
「あきちゃん……」
「ねえ名前。……この世に永遠なんてないし、普通の人たちと比べた時に、僕たちは更に決められた庭の中で、有限の時間しかない」
「……うん」
「だから、一緒に足掻こう。僕が一緒に居るから」


あきちゃんの優しい声色に、だんだんと私の視界は滲んで歪む。心につっかえていた何かがすっと消え、私の涙は堰を切ったように止まらない。

わたし、こんな泣き虫だったかな。

あきちゃんはそんな私の手を握って、そっと抱き寄せてくれて、何も言わずに私が落ち着くまでそばにいてくれた。


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「……、!名前!」


深い意識の底で聞こえたのは、それはそれはもう、私の耳には聞き慣れすぎた愛しい声。ぼんやりとした意識の中、その声は確かに私の名前を呼んでいる。


「……あれ……私、」
「ったく……いくら暖かくなったからって、なんで外で寝てるわけ?風邪なんて引いたらどうするつもり」
「あき……」
「桜、すごいついてる」
「さくら」


フラッシュバックするセリフと風景。
段々と覚醒する意識に、どうやら私は懐かしい夢を見ていたようだと認識する。
未来に悩み、自分自身に悩んでいたあの頃の夢を。

それでいて亜貴はいつだって、私を見つけてくれる。


「……名前?」


あの頃から時は進み、私達も大人になった。
でも亜貴はあの頃から、でもそれよりも前から、私の隣に居てくれる。その事実は今も昔も変わりなくて。

そして限られた時間の中でもまだ私は、この人の隣にいたいと思う。

じっと見つめる私に、亜貴は何のことだかわからないようで首をかしげてきょとん顔。なんだかそれが可愛くて、思わず笑みがこぼれる。


「ふふ、何でもない。ただ、亜貴が私の隣にいてくれて良かったなーって思って」
「なにそれ、当たり前でしょ。まったく、君は僕がいないとダメなんだから。ほら行くよ。スタッフの子たち、必死に名前を探してる」


何気なく亜貴から差し出された手を、私は躊躇うことなく自分の手を重ねて握り返す。

ひらりと、桜の花びらがまた、私の頬を掠めて。

永遠なんて言葉はちっぽけで、そんなわからないものは信じてない。
でもこの有限の時間は、繋いだその日々の先に、それは永遠になっているのかもしれない。





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