※財前視点
好きになったほうが負け、なんて誰が言いはじめたのだろう。そんなもの、相手も自分のことを好きになれば問題ない。近付いてくる足音に耳をすませながら、今か今かと待ちわびる。
「ざーいぜん!おはよ!」
「おー、みょうじやん。おはよ」
当たり前のような顔をして隣を歩くみょうじが、本当は少し無理をしているのを知っている。早足になっているのに、そんなそぶりを見せないところが可愛くて、俺はわざとしばらく歩くスピードを緩めない。
「みょうじ、髪……ああ、寝癖か。すまん」
「そうやねん朝起きたらこんなくるんくるんになってて、ってそんなわけないやん!」
せっかく巻いてきたのに、と言ってみょうじは不機嫌そうに唇を尖らせている。
「嘘。似合ってる」
「……知ってる」
髪を一房掬って指に絡ませれば、嬉しそうに笑った。こういう反応をされると自分のことを好きになってくれたような気がして、可愛くて、愛しくて、胸がいっぱいになる。
「今日図書当番やねんけど」
「そうなんや、頑張ってなー」
「来るやろ?」
さあね、とみょうじがそっぽを向く。そう言いながらいつも必ずやってくるのを知っているから、笑いそうになるのを必死で隠した。そういう素直じゃないところも好きだと思う自分は相当みょうじに溺れている。
放課後になってから三十分ほどが経ち、静かな図書室で両手を思いきり伸ばした。
「財前って目悪かったっけ」
「ああ、眼鏡?パソコン使うときだけかけとる」
「ふうん、似合うなぁ」
「せやろ」
「うん、ホンマにかっこいい!……財前、照れてるやろ」
「気のせいちゃう?」
好きになったほうが負け?そんなもの、好きにさせれば関係ない。返却手続きをパソコンで行っていると、そわそわしているみょうじが視界に入る。
「私も掛けてみたいなー、あかん?」
肯定も否定もせず、無言で眼鏡を外す。手を伸ばすみょうじになんだかぐっときて、触れたくなる気持ちを必死で押さえた。
「どうどうー?」
「ん、可愛いな」
「……財前って急にそういうこと言うから、困る」
みょうじは押されると弱いことに最近気が付いた。動揺していることがありありと伝わってきて、にやけそうになる。あと少し、もう少し。こうやって距離を縮めていけばきっと向こうから折れてくるはず。
「なぁみょうじ、もっと近くで見ていい?」
席をたち、カウンターから身を乗り出してみる。さっきよりも物理的に近くなると、面白いくらいにみょうじが焦っている。
「え、いや無理やって、ちょっと!ざいぜ、」
眼鏡に手を伸ばすと、指先が頬を掠めた。その瞬間身体を強張らせて目を強く瞑るものだから、眼鏡を外すだけのつもりだったのに意地悪をしたくなった。
「キスされるかと思った?」
「アホなこと言わんとって!」
こうして照れた顔を見られるのならば負けるのも悪くない。