夏が始まる

部活を終えて家路を歩いていると、背の高い明るい髪色をした男の子の後ろ姿を見つけた。大きな声で名前を呼んで、いくら見つめても飽きない背中を目掛けて駆け寄る。

「けーんや!」

一緒に帰ろうと言いかけたけど、部活仲間と楽しそうに過ごしている姿を見るのも好きだったからやめた。それは本当に、嘘偽りない気持ちだったけど、一瞬だけでいいからその視界に私を映してほしくて一言だけ声を掛ける。

「おつかれ、また明日ね!」

また明日、そう言われて終わるつもりでいたのに謙也は歩く速度を落として私の隣に並ぶ。

「なまえ、今日はひとりで帰るん?いつもの友達は?」
「あ、今日お休みしてて」

いつも友達と帰ってること、知ってくれてたんだ。それだけで嬉しくなってしまう私は本当に単純だと思う。そんな身勝手な感動にひとり浸っている間に、謙也は部活仲間に呼び掛けていた。

「白石ぃー!俺今日はなまえと帰るわー!」
「おー、寄り道したらあかんでー!」

あっさり解散した彼らを交互に見て、慌てて謙也に確認をする。

「え?友達、いいん?」
「うん、久しぶりに一緒に帰ろうや」

ニッと笑う謙也のその表情に弱い私は、うん、と小さな声で答えるだけで精一杯だった。

ふたりきりで話をするのは久しぶりだな、とぼんやり考える。謙也が好きだと自覚してからはどうしたらいいのかわからなくて、気軽に話しかけることもできなくなっていた。それでもこうして気にかけてくれるから、仲の良い女友達のポジションには未だに保てているのだと思う。

「謙也、最近どう?楽しい?」
「ふはっ、何その質問!毎日楽しいで」

その笑顔に、言葉に、胸がきゅうっと締め付けられる。嬉しくてにやけそうになる頬を、両手で必死に伸ばした。

「なまえは何してんのそれ、楽しそうやなー」
「えっ、わかる!?」
「わかるわ、あほ」

くすくすと笑われて、体温が一度上昇したんじゃないかと思うくらいに身体が火照る。何でもないやり取りのはずなのに、何故か謙也も私のことを好きなんじゃないかと根拠のない錯覚を抱くことがあった。

「それにしても、今日もあっついなー」
「ね、湿気でむしむしする」
「……なぁ、一緒に悪いことせん?」

にやり、そんなふうに謙也が笑うのを初めて見た。新しい発見にどきどきしながら、“悪いこと”が何なのか尋ねる。

「アイス。食いながら帰ろうや」
「あははっ、うん!」
「よーし、もうなまえも共犯やからな。白石には内緒やで?」

しーっと口許に人指し指をあてがったあと、謙也は楽しそうに笑っていた。あまりにも可愛らしい“悪いこと”の提案に、私も声をあげて笑う。

「今ならなんと、トリプルがダブルのお値段で買えるねんて!」
「えー!それは耳寄りな情報ですな、ナイス!」

久しぶりにふたりきりだというのに、謙也のおかげで自然に振る舞えていると思う。楽しいと思えば思うほど、時間はあっという間に過ぎていった。

「謙也、もう決めた?」
「うーん、期間限定で攻めるか定番で守りに入るか……。なまえは?」

アイス専門店についてからは、ふたりしてショーウィンドウに釘付けだった。毎日違う味を、というコンセプトを掲げているだけあって、たくさんの魅力的なフレーバーが決断力を鈍らせる。

「うーん、よし決めた!じゃ、私先注文しとくね」
「決めるんはやっ」
「ふふん、スピードスターですから」
「それ、俺!」

なんとか謙也も注文を終えて、涼しかった店内から蒸し暑い外へと出る。食べながら歩いてると、どうしても無言になりがちだ。

「暑いからすぐ溶けそうやな、落としなやー」
「大丈夫、アイス食べるの早いから」
「ふーん?」

横目でちらりと謙也を見ると、私と同じくらいの量が減っていた。なんだ、謙也も食べるの早いんだ。

「ん?なに、味見欲しいん?」

ほれ、と言われてアイスを差し出された。本当は食べたかったけど、間接なんとやらを想像してしまった以上、それをしてしまうとこのあと平気な顔でいられそうになかったので遠慮する。

「ううん、謙也も食べるん早いなーと思って」
「はは、スピードスターやからな!」

同じくらいに食べ終わって、ようやく会話が再開される。小さな秘密を共有したことで、また一歩謙也に近付けた気がした。

「美味しかったね!」
「な!でもまだ暑いわ、汗やばい」
「嘘やん、私の手冷たいで。えいっ」

少し汗ばんだ謙也の首に手をあてると、ひっ、と声にならない声を出して肩をすくめる。その様子が面白くて、私はそれを数回繰り返した。

「やめい!なんでなん、冷たすぎるわ!」
「へへ、びっくりした?」
「した!心臓に悪いわ」

私は悪戯が成功したことが嬉しくて、幼い子どもみたいにはしゃぐ。それが面白くないのだろう、謙也はむすっとした顔をしていて、少しふてくされているみたいだった。

「……ちょっと手貸して」

その言葉の意味がいまいちよくわからなくて謙也を見上げたけど、一向に目を合わせてくれない。ただただ謙也を見つめていてわかったことは、おそらく暑さのせいでほんのり頬が赤くなっていることだけだった。

「はい、どうぞ?」

わけのわからないまま冷えた手を差し出すと、大きな温かい手がそれを掴む。そのまま下におろされた二つの手のひらは、ぎこちなく繋がれていた。

「謙也?」

驚いて何も言えないでいると、しばらくして謙也が早口で言い訳をしだす。

「冷たくて気持ちいいから、離しませーん」

ふい、と横を向いた謙也の耳が赤い。

「じゃあ私も、あついって言われたって離しませーん」

そう言った私の耳もきっと赤いから、謙也に見られないようにそっぽを向いた。


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