立海大附属中学校運動部の朝は早い。といっても、朝練をするのは大会に出るようなごく限られた部活だけだったりする。ユニフォームから制服へゆっくり着替えても、ほとんどの生徒はまだ登校していない。
「幸村くん、ネクタイほどけてるよ」
「……本当だ」
クラスメイトの幸村くんは運動部中から一目置かれているテニス部の部長。一時期入院していたけど、退院してからは以前よりパワーアップしたらしい。他の面々もかなり身体能力が優れていて、何人かうちの陸上部に兼任でもいいから所属してくれないかなぁ、なんて密かに狙っている。
「結んでくれないかな」
「えっ、私が?なんで?」
「ダメ?」
何故か試されているような気がして、ちょっと緊張する。人様のネクタイを結ぶことは初めてだったけど、我ながら美しい逆三角形フォルムの結び目が作れた。全体を見て少し調整しながら、軽い世間話のつもりで聞いてみる。
「幸村くんって実はネクタイ結べない、とか?」
カッと目を見開いた幸村くんは美人ゆえに迫力がありすぎて、ちょっと怖い。でも図星だったようで、そのまま固まるものだからなんだか笑えてきた。
「……ちょっと、笑うのやめてくれる?」
「ごめんごめん、なんか意外で」
困ったような、いじけたような表情が可愛らしい。そのまま何も言われないので、ネクタイをするりとほどいた。
「教えてあげる」
されるがままでちょっと可愛いと思ったことは、心のうちに秘めておく。ここの輪にネクタイの端を通して、なんて精一杯わかりやすい説明をし終えても、幸村くんはスッキリしない顔をしていた。
「……ほら、最悪ここを引っ張ったら首のところが緩んだり締まったりするから。完全にほどかずにいれば明日からも大丈夫だよ」
「へぇ、すごいね。ありがとう」
おおよその形を崩さない方法を教えたら、毎日イチから結ばなくても大丈夫なことがわかったようで、とたんにいつもの爽やかな幸村くんに戻った。
翌日、重たい瞼を必死に上げながら教室に入った。毎日のこととはいえ、週の後半はなんだか疲れる。
「みょうじさんおはよう」
眠すぎてぱっとしない顔をあげると、待ってましたと言わんばかりの笑顔で迎えられて思わず一歩下がる。どうして木曜日の朝からそんなに爽やかなんだろう?疲れきった顔をしている私とは正反対に、とても元気な幸村くんが近付いてきた。
「ネクタイ、ほどけちゃった」
「なんで!」
「いつもの癖でほどいちゃって」
「昨日やり方教えたばっかなのにー」
「だって、結べないんだから仕方がないだろ」
ふてくされた顔すら麗しい。これだから美少年ってずるいよなぁ、と愚痴をこぼしながら結んであげる私は我ながらチョロいと思う。なんとなく新婚夫婦がする会話みたいだなぁと思っていたら、それは幸村くんも同じだったようだ。
「ふふっ。こうしてるとなんか新婚さんみたいだね」
「何言ってんの、ばか」
あ、やば、そんなこと言ったら怒られるかも。でも、幸村くんが新婚とか言うから悪いんだ。ほんの少しの沈黙をはさんだものの、あっという間ににネクタイが結べてしまったためおずおずと顔をあげる。
「……幸村くん。なんでちょっと嬉しそうなの?」
「内緒」
そう言ってはにかんだように微笑む幸村くんが綺麗すぎて、卒倒してしまいそうだった。