ウサギとクマ

(※高校生)


「ほんっまありえへん!」

寒空の下、私は何故か汗だくで佇んでいる。

「ユウジのアホー!!!」

この状況に納得がいかない。全ての元凶であるユウジに文句を言ったら、隣に立っている薄汚れたピンクのウサギに叩かれた。

それはつい数日前のことだった。

「オイ、なまえ」

ユウジが私を呼ぶときはろくなことがないから、あえて聞こえないフリをして流そうとしたのに、やっぱりうまくいかなかった。

「無視すんなやコラ」

中学の頃からこいつには振り回され続けている。でも、どれほど苛ついてもなぜか嫌いになれなかった。

「いてててて!ちょっと、なに!」

頬をつままれて、伸ばせるだけ伸ばされる。見た目はすごく地味な行為なのに、痛みだけは強烈だから腹が立った。

「次の休み、お前暇やん?」
「えぇー、いそが」

しいねんけど、という言葉を言わせてもらえないままユウジがかぶせるように話を続ける。

「やーかーらー、朝七時に駅前集合な。ハーパンと半袖のTシャツも別で持ってこい」

それだけ告げると、返事もさせてもらえないまま去っていく。行くって言ってないとかなんとか理由をつけて、行かないでおこうと考えた。
……考えた、けど。

当日、約束の時間十分前に待ち合わせ場所に立っていた。真面目な自分が誇らしいような、悲しいような。そんな複雑な思いを抱えて、不機嫌な声でユウジに声を掛ける。

「来たったけど」
「はよ行くで」

挨拶もせずにそう吐き捨てるなり、早足でどこかに向かいだす。どこに、という疑問の声もむなしく、一足先をいくユウジに必死についていった。

「バス停?」
「見たわかるやん。ショッピングモールいくで」
「……はあ!?このダサい格好で?」

Tシャツとハーパンとか言うから、ストリートテニスでもしにいくのかと思っていた。私はすぐに着替えられるようにその上に長ジャージを重ねるという、良く言えばスポーティーなスタイルで、とてもじゃないけどショッピングへ出かける格好ではない。ユウジは訝しがる私を鼻で笑って、初めて今回の目的を口にした。

「俺らは着ぐるみ着て風船配るバイトすんねん」
「バイト?はいぃ!?」
「俺ウサギな。お前はツキノワグマかジャイアントパンダかシロクマでええやろ」
「細かっ!しかも食肉目クマ科オンリーかい!」
「めっちゃ詳しいな……ごめんな馬鹿にしてもうて」
「ユウジ、その発言すら私を馬鹿にしてること気付いとる?」

冷ややかな視線に対抗して、できるだけ睨み付ける。

「てか、なんでまた急にバイトなんか……」
「ホンマは小春と行くはずやってんけど」

それきり、ユウジは言いにくそうにしながら口を閉ざした。数日前から私に声を掛けていたのだから、小春ちゃんが体調不良で行けなくなった、とかではないだろう。

「小春が……、なんやチャンスやでとかわけわからんこと言うて」
「ん?なんて?」

小春が、のあとが小さすぎてわからなかった。聞き取ろうとして距離を縮めると、ユウジはとたんに慌て出す。

「ちょ、おっまえ、近いねん離れろや!」
「やって、聞こえへんねんもん!」
「なんでもええやろ!」
「良くないわ!ダラダラぬくぬく家で過ごしたかったのに!」
「そんなんやから太るんや!」
「ひどい!セクハラや!」

バスの中だということも忘れて言い合いをしていると、運転手さんに注意されてしまった。それもこれもあれも、全部ユウジのせいだ。

そんなやりとりを経て、今、ショッピングモールの玄関で風船を配っている。もちろん、私はクマの着ぐるみを着て。

「ユウジのアホー!!!」
(お前はクマ!喋んなボケ!)

ツッコミというレベルを超えて、激しくどつかれた背中が痛い。ここの着ぐるみは喋ってはいけない設定のようだ。不本意ではあるが、仕事は仕事なのでユウジにならって小声で話す。

(なんなん、この着ぐるみ若干リアルやな)
(そやな、なまえ意外と似合ってんで)
(いや着ぐるみやし!似合うもクソもないし!)

急に肩を揺らして笑っているのがわかる。設定を死守しようと、声だけは出さないようにしている姿がシュールだった。

(お前笑かすなや)

もう一度背中を狙われている気がしたので、すっと避ける。叩こうとしてバランスを崩したユウジが、小声で『後で覚えとけや』なんてウサギのままドスをきかせて喋るから、なんだか可笑しかった。

「いやー、おもろかったわ」
「意外とな」

ノルマを終え、やっと蒸し暑さと汗臭さから解放される。ショッピングモール外に設置された、簡易スタッフルームの寒さが心地よい。私たちは半袖ハーパン姿という、なんとも冬らしくない格好で休んでいた。

「お前幼児に好かれすぎやろ」
「ウサギ、結構汚れ目立っとったからな。そらクマ一択やろ」

派遣会社のスタッフだろうか、スーツ姿の男の人からバイト代を受け取る。なんだかんだ楽しんでお金を貰ったので、有意義な一日を過ごしたと言えるだろう。

「あー、おもろかったけど……」
「けど?」
「今の私めっちゃ汗臭い」
「それな。俺もや」
「スーパー銭湯行きたい」

私がそう言うと、ユウジは自慢げな笑顔をみせてある場所を指差す。

「すぐそこにあるんやなー、これが!」
「よし行くでユウジ!」

私たちは貰ったばかりのお給料を片手に握りしめ、汗を流すべく夏姿のまま銭湯に向かった。

「いいお湯やった……!」

入浴セットを買うことになってしまったけど、おかげで汗を綺麗に流すことができて満足だ。ドライヤーでしっかり髪を乾かしてから、男女共有のこじんまりとした休憩所へと向かった。

「あれ?ユウジもう出てたん、早っ!」

ぱっと視線をやると、腰に手をあてて紙パックのフルーツ牛乳を飲んでいる。

「おー、なまえ、か」

そう言ったきり何故か固まってしまったユウジの髪は、ぺたりと肌に張り付いている。

「てか髪濡れてんで!ちゃんと乾かさな外出たら凍る!」
「こんなんすぐ乾くし……」

小さな声でうだうだ言うユウジを無視して、その首に掛けられていたタオルを剥ぎ取る。わしわしと髪を拭いてやると何故か逃げようとするので、とてもやりにくい。

「ちゃんとこっち見て、動かんとって」

やっとのことでユウジは諦めたように私を見下ろす。セットされていないその無造作な髪型は悔しいけれどとてもかっこよくて、今度は私が動きを止めた。

「なまえ、風呂上がりやとまぁまぁ可愛いやん」
「へ?あ、ありがとう?ユウジも髪下ろしてんの可愛いで?」
「えー、可愛いは嫌やな……」

なんとなく恥ずかしくなって、どちらからともなく距離をとる。先ほど近くで見上げたお風呂上がりのユウジにドキッとしたことは、本人には内緒にしておこう。

(mili miliの陽菜ちゃんへ捧げたお話)


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