「みょうじさん見て、ほら!」
幸村くんは無邪気に笑いながら、自分で結んだネクタイを私に見せている。何度も教えた甲斐があったと思うと自然と涙が出た。努力は必ず報われるんだ。幸村くんとハイタッチをするために両手をあげようとしたとき、スマホが震える音がした。こんなに時に一体誰、と苛立ちながらポケットへ手を入れようとして違和感に気付く。……あれ?
「なにこの夢」
眠りから覚めて、アラームを止める。寝起きでぼんやりしているとはいえ、つっこみをいれずにはいられない。ネクタイごときで努力は報われるだなんて、大げさすぎる。おかしなことだらけの夢に頭を抱えつつ、妄想上の幸村くんの笑顔だけは良かったと思う。何あれ可愛すぎでしょ、グッジョブ私の煩悩。そんなことを考えていると母親の「早く用意しないと遅刻するよー!」という声が聞こえたので、あわててパジャマを脱いだ。
なんとか朝練にも間に合いことなきを得る。ふとした瞬間にあの笑顔がちらつくものだから、是非本物を拝んでみたいものだと思ってしまう。そんな浮かれた気分でろくに前も見ずに歩いていたせいで、目の前に立っていた誰かとぶつかりそうになった。
「うわ!ごめ、」
「ああ、みょうじさんおはよう」
「ひっ!幸村くん!ごきげんよう?」
声掛けてくるタイミング悪すぎだから!思いのほか大きな声だったために、幸村くんもびっくりしている。どうかさっきの恥ずかしいにやけ顔を見られていませんように。
「大丈夫?すごく驚いてたみたいだけど」
「なんでもない、なんでもないよ!?」
「んー、わかった。失礼なこと考えてたでしょ」
「いやむしろ良いほう、かな?」
本当に?って幸村くんはしつこく聞いてくる。なんでもできると思っていた人の弱点ってすごく可愛いと思うけど、それを伝えても幸村くんは喜ばない気がした。
「……そういえばふと思ったんだけどさ、今までどうしてたの?ネクタ、いてて」
「みょうじさんどうしたの?急に黙っちゃって」
続きを話せないのは、あなたがほっぺたを引っ張ってるせいなんですけど。有無を言わさず会話をストップされたら、続々とクラスメイトたちが登校してきた。なるほど、このことはふたりだけの秘密ってことね。
「ねぇ私のほっぺた大丈夫?赤くない?」
「昼休みにテニス部部室にきて、絶対だよ?」
「……はい」
やっば、本気で怒ってる!こわ!なんてふざけながら震える真似をすると、困ったように髪をかきあげた。お、今のは色気がある。眼福。
「お弁当、ちゃんと持っておいでね」
……訂正、やっぱり可愛い。現実の幸村くんは、夢の中の幸村くんに負けず劣らず可愛らしく微笑んでいた。
午前の授業を終えて昼休みになると、テニス部の部室へ向かう。初めて入ったそこは、陸上部とほとんど変わらない造りだった。すでに待っていた幸村くんの前でお弁当を広げていると、小さな声で話を切り出される。
「みょうじさん、あのことだけど」
「ああ、ネクタイ?」
「そう。恥ずかしいから、内緒にしててほしいんだよね」
何それ、何それ、何それ。
予想通りの展開なのに、予想以上に可愛くてきゅんとした。そうだよね、中学に入って三年目なのにネクタイが結べないってかっこわるいよね。気にしちゃうよね。
「はー、可愛い」
「……ん?」
つい出てしまった本音に、幸村くんは首を傾げていた。笑顔の裏になんとなく圧力を感じて、即座に態度を変える。
「なんでもないです」
「だよね。あーびっくりした」
それはこっちの台詞です、美少年が怒ると迫力がすごいんだなぁと初めて知った。
「それでね、もう一度やり方を教えてほしいんだけど。……練習、付き合ってくれる?」
照れながらこっちを見ないでほしい、可愛いって声に出して言っちゃうから。そんな衝動を気合いで押さえ込み、できるだけ人当たりの良い笑顔を作る。
「もちろん!」
「ありがとう」
ほっとしたように笑う幸村くんを、できるだけ見ないようにする。あーでもやっぱ、可愛すぎるから無理だ。
「だめ、やっぱり言わせて。幸村くん可愛すぎ」
「……すっごく嫌だな」