後輩をからかって、友人とたわいのない話でお腹を抱えて笑い、時々先生に叱られる。当たり前のように過ごしてきたこの日々は当然そうではなく、いつか終わると頭では理解はしていてもなかなか飲み込めないでいた。
「もうすぐ卒業だねー」
「あんま実感わかねぇな」
「ブン太とついにクラス離れちゃうかもだね」
「何なに、寂しい?」
「うん。だってブン太のこと好きだし」
一瞬告白されたのかと思って身構えたが、なまえは至って普通の顔をしていたので気にするのをやめた。
「そりゃどーも」
「私ね、好きな人がいるんだ」
「まじか」
「卒業式の日に告白しようと思ってる」
「まじか」
「さっきからブン太そればっかなんだけど!」
ずっと一緒にくだらないことをしてきて、自分が一番なまえのことをわかっているつもりだった。予想外のことで言葉に詰まって、気の利いたことのひとつも言えないでいる。
「応援してくれる?」
「おう、頑張れよ」
それは心からの言葉でもなく、嘘でもなかった。不意をつかれて戸惑っている俺をよそ目に、なまえは遠くを見ている。
「フラれて友だちですらいられなくなったら嫌だなぁ」
「大丈夫だろ、なまえいいやつだし」
「自信が欲しいから他にも褒めてプリーズ」
「あー?なまえは明るいし……」
結構可愛い、と言った声は気恥ずかしさから小さくなった。
「私のこと可愛いと思ってたんだー?」
「調子のんなバーカバーカ!」
「ひどーい!」
「で、誰?」
いつものやりとりに安堵し、ようやく普段のノリを思い出す。やっと確信をつくことができたのに、なまえは秘密だと笑い飛ばした。
結局誰が好きなのかわからないまま卒業式の日を迎えた。後輩や友人に囲まれている間になまえの姿は見えなくなって、いよいよか、なんて俺まで緊張してしまう。
「よっ、ブン太」
いつも通りの明るい声。その声色に何故だか耳をふさぎたくなった。
「いっぱい囲まれてたねー」
「そーか?……言えた?」
友人たちの輪から少しだけ離れて、小さな声で尋ねる。小さく首を横に振ったなまえは、静かに呟いた。
「怖いよ」
「ん、だよな」
今にも泣きだしそうななまえを見ていられなくて、背中を押すことにした。本当はそんなことをしたくないと気付いたのは、たった今だ。
「なまえはさ、どっちのほうが後悔する?」
不安げに揺れる瞳が俺を捉える。やっとこっちを見た、そんな小さなことを喜んでいる自分が惨めで滑稽だった。
「伝えて相手の答えを聞くのと、伝えないでこのまま終わんの」
たぶんずっと前から好きだった。今までたくさん時間はあったのに、このタイミングで悟るなんて最悪だ。俺の後悔は間違いなく今この瞬間だった。
「……ブン太」
「ん?」
深く呼吸する音が聞こえて身体が強ばる。泣いてるやつ、笑い転げてるやつ、ふざけてまわっているやつ。いろんな声が聞こえてくるのに、なまえの身じろぐ音が一番クリアに聞こえる。
「好きになっちゃった」
一呼吸おいて、頭をフル回転させた。嬉しくて胸がいっぱいになって、言葉が出てこない。
「なんか言ってよ」
一緒にいると落ち着くから、ふたりでいると楽しいから。だからこれからもよろしく。そんな言葉で伝えようとしたけど、どれも相応しくない気がした。
「俺だってずっとなまえが好きだった」
驚いているのか、なまえは目を見開いたまま微動だにしない。それが可笑しくて吹き出すと、むっとした表情を浮かべた。ふたりの間に流れる空気はいつもと変わらないようで、少し違っている。立ちすくんでいるなまえの手を握ると、反応がみたくてわざと聞いた。
「付き合う?」
なまえは横を向いてこちらを見ようとしない。繋がっている手をぎゅっと握り返されたことが、きっと答えなんだろう。