ネクタイが結べない03

練習に付き合う、といっても特に約束をしたわけではなかった。朝練のあと教室で時間の許す限り一緒に練習をする、ただそれだけのことだ。

「これをこうして……出来た」
「うんうん、上手に出来たねー」
「みょうじさんと一緒にやるとできるんだけどな」

鏡の前にふたりで並んでやっているから、それを見ながら真似ると出来るらしい。でも家でやってみると、どうやっていたのか全く思い出せないという。

「なんでだろうね」
「うーん、みょうじさん毎朝家まで来て手伝ってよ」
「え?やだよ何時に起きなきゃなの」
「冷たいなぁ」

まだ誰も登校してこなさそうなので、ひとりでやってみるように提案してみた。するとあら不思議、ネクタイの細い部分が長くなって、逆三角形のところが歪んでいる。

「長さは最初首にかけるときに調節するといいよ」
「理屈はわかるんだけど……、あ!ねぇ」

何か思い付いたようで、幸村くんはとても良い顔をしていた。何故だか少し嫌な予感がして、ちょっとだけ身構える。気のせい、だったらいいんだけど。

「俺の後ろにまわってやってよ」
「え、後ろからってまさか……ご冗談を」

いやいやいや、それはちょっとどうだろう。嫌な予感が気のせいじゃなかったことに、冷や汗が出てくる。

「いたって大真面目なんだけど……」

へぇ、そんなふうに不思議そうにしちゃうんだ。そっかそっか、幸村くんは真剣に言ってるんだもんね。ちょっと恥ずかしいな抱きついてるみたいになるじゃん、とか考えてる私の思考が恥ずかしいってことだよね。そういうことなら、平静を装ってやってやろう。

「じゃあ……、失礼します」

後ろに回りこんで幸村くんのネクタイを掴む。身体同士があまり遠いと分かりにくいし、近いと密着具合が気になってしまう。緊張していると視線を感じて、鏡の中の幸村くんと目が合った。

「……なんか、抱きつかれてるみたいで恥ずかしいな」

嘘でしょ、今この状況でそれ気付いたの?私は最初から恥ずかしかったよこの天然ボケボケ幸村くんめ!なんて恨み言を心のなかで吐き捨てて、急いでネクタイを締める。

「はい終わり!このやり方はもうしないからね!」
「照れてるの?可愛い」

なんだそのわざとらしい“可愛い”は!前に私がそう言ったことに対するあてつけかな?お願いだから、わざわざ後ろを振り返ってにっこり微笑まないでください。

「早くひとりで結べるようになってね、ホントお願いします」
「先生次第だよ、頑張って」
「頑張るのはそっちだよ……」

クラスメイトの話し声が少しずつ聞こえてくるようになって、足音が徐々に大きくなっていく。今日の練習は終了することにして、私はほっとしたような、少し物足りないような、不思議な気持ちになった。



いつものように昼食をとったけど、今日はそれだけでは足りなくて購買部へ追加の惣菜パンでも買いに行こうと歩いていた。その道中、見覚えのある背中が土いじりをしているのを見つけて少しだけ驚く。

「幸村くん?」

何してるの、と言うのと同時に幸村くんも喋り出す。

「みょうじさん、こんなところで会うなんて珍しいね」
「うん、幸村くんって園芸部も兼任してるの?」
「これはただの趣味だよ」

歩いているうちに少しとはいえ時間がたったせいか、興味が他に移ったせいか、お腹も悲鳴をあげなくなったので購買部に寄るのは止めにして花壇へ向かう。幸村くんの隣に並んで座って、何か手伝えることはないか探した。

「どうしたの、きょろきょろして」
「んー、なんか手伝えることないかなーって」

幸村くんは一瞬驚いた顔をしていたけど、すぐにいつもの爽やかな笑みを浮かべる。

「ありがとう。そんなこと言ってくれたの、みょうじさんが初めてだよ」
「そうなの?」
「ふふ、うん。でも大丈夫、もう終わったから」

白い肌についた土がとても目立っていて、思わず凝視してしまった。視線を上に移すと、肩の上に投げられたネクタイが見える。

「ネクタイ邪魔じゃなかった?」
「うーん、そうでもないよ」

手洗い場で土を洗い流す幸村くんに、そっとハンカチを差し出す。ありがとう、と微笑む幸村くんに負けないくらいにっこりと微笑んでみせると、何故か大笑いされた。

「今日のみょうじさん優しいね」
「えっ、いつも優しいよね!?」

ごめんごめんと言いながら笑い続けるものだから私も面白くなってきて、一緒になって大笑いした。


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