ネクタイが結べない04

私は体育の授業が一番好きだ。身体を思いっきり動かすのって、すごく気持ちがいい。今回は得意のハードル走をすることになって、私はとてもはりきっていた。

「楽しそうだね」

入念に準備体操をする私に声をかけてきたのは幸村くんだった。ネクタイをきっかけにいろいろ話すようになって、初めてこんなに面白い人だとわかった。あんなことがなければこうして気軽に話す関係ではなかったと思うと、つくづく不思議だと思う。

「うん!ハードル走好きなんだー」
「へぇ。……ねぇ、俺と勝負しない?」
「私陸上部だから速いよ?」
「俺が負けるとでも?」

脳内で強豪テニス部部長の幸村くんバーサス陸上部自称エースの私、という構図が出来上がる。スタートの合図のあと幸村くんを横目で見ると、彼はなんだか余裕そうにしている。負けたくない、その思いから気付かないうちに自分のペース以上の速さで走っていた私は、あろうことかハードルにつまづいて盛大にこけた。

「いったああああ!」

ああ、距離が開いてしまった。ちくしょう、と恨めしげに幸村くんのほうを見上げると、減速してから立ち止まり後ろを振り返っている。こちらへ駆け寄ろうとさえしているので、私は慌てて立ち上がった。せっかくいいタイムが出そうだったのに、こんなことで阻止してしまって申し訳ない。

「よっしゃいけるー!!!」

そう叫びながら走り抜けると、幸村くんもすぐに後を追ってきた。心配してくれているのか、先程より速度を落として走っているのがなんとなくわかる。これ以上気を遣わせたくなかったから、気付いていないふりをしてピースサインを見せた。

「私の勝ち、だね!」
「そんなことより血がでてる。保健室に行ったほうがいい」
「大丈夫大丈夫、このくらい全っ然平気だから!」

本当はめちゃくちゃ痛いけど、大丈夫ってことにしたいからなんでもないふりをした。それにしてもよそ見ばかりしていたからとはいえ、現役陸上部員のガチ転倒はダサすぎる。

「ほら、ね!」

余裕だとアピールをするために軽くジャンプしてみせると、激痛が走った。今後の大会に響いたら嫌だな、と思って即座に大人しくする。

「みょうじさんって嘘つくとき、同じ言葉を二回繰り返す癖があるよね」
「ないない!……あ」

とっくの昔に嘘だって見抜かれていたようで、幸村くんは厳しい顔をしている。くそう、見栄なんてはるんじゃなかった。恥ずかしすぎて今すぐ走り出したい、でも痛い。

「行っておいで。それとも俺が手を引いて連れていってあげようか?」
「……ひとりで大丈夫でーす、行ってきまーす」

バレてしまったものは仕方がない。痛む足を庇いながら、ゆっくりと保健室へ向かった。

擦り傷と軽い打撲はあるものの、特に問題なさそうだということで授業に戻った。今日は念のため運動を控えた方がいいと判断され、現在はただ静かに座ってみんなの様子を見学している。

「ちょっと休憩しにきた」

体育だけが唯一の得意科目なのにつまらない。そんなふうにふてくされていたら、幸村くんが側に来てくれた。

「足、痛いでしょ」
「……うん」
「馬鹿だね、みょうじさんは」
「おっしゃる通りで」
「今度勝負するときは、無理しないでよね」

幸村くんと走るの、すごく楽しかったな。次に競争する時はこんなふうに気を遣わせたくないから、絶対よそ見しないと決めた。


fictionamamoyou