好きになっちゃうかもね

“幸村精市はみょうじなまえのことが好きらしい”

そんな無責任な噂ひとつで途端に意識してしまうくらいに、私は思春期の真っ只中にいる。

そもそも何故そんな噂が流れているのか、見当もつかなかった。幸村くんとは委員会やクラスも違うし、話したことだって一度もない。もちろん私は彼のことを知っているし、何度かテニス部の試合を観に行ったことはあるけれど、大多数の立海女子は経験があると思う。

誰か大人に話を聞いてほしくて、保健室のドアを叩く。返事がなかったのでそっとドアを開けると、机の上に”すぐに戻ります“の書き置きがあり、少しだけ落胆した。

「先生、早く戻ってこないかな」

独り言を呟きながら利用者ノートに自分の名前と来室理由を書いた。程なくして聞こえてきた控えめなノックへ返事をすると、ゆっくりとドアが開く。先生かと思って振り返ると、そこには目を引く黄色いジャージを着た幸村くんがいた。

「こんにちは。先生は留守?」
「そうみたい、ですよ」
「あれ、なんで敬語なの?」

同じ学年だよねと言って首をかしげる彼は、まるで絵画のようで息を呑んだ。

「どこか痛む?」
「私は大丈夫。あー、幸村くんこそ、怪我でもした?」
「それならよかった。俺も平気だよ、注文していたテーピングが届いたって聞いて取りに来たんだ」

そう言って幸村くんは慣れた様子で利用者ノートを開いたものの、一向に記入する様子がない。目のやり場がなくてなんとなくそちらを見ていたら、幸村くんは申し訳なさそうな表情をしていた。

「ごめんね、見ちゃった。……恋愛相談」
「げ」

こんなタイミングで幸村くんに出会うなんて考えてもいなかった。ばか正直に理由を書いたさっきまでの自分に、とにかくやめておきなさいと強く言い聞かせたい。

「興味深いね。それ、俺としない?」

例の噂が幸村くんの耳に入っているかどうかはわからない。どうするべきか私なりに考えを巡らせて、一度逃げてみることにした。

「えーっと、幸村くんを引き留めるわけにはいかないよ。ほら、部活抜けてきたんでしょ?」
「ちょうど休憩しようと思っていたところだよ。それに、俺の恋愛相談も聞いてほしいな」
「え!まさか初対面で恋バナするなんて、そんな馬鹿なこと、ねぇ!?」
「うん、なんだかわくわくしてきたよね」

作戦はあえなく失敗に終わり、幸村くんは弾むような足取りで保険医の席に座る。これ以上拒否することも出来ずに、私は腹を括ることにした。

「……ただの噂なんだけど、ある人が私のことを好きらしいって聞いて、それ以来ちょっと気になっているというか」
「好きなの?その人のこと」
「うーん、どうかな。気になると好きはイコールじゃないと思うんだけど、いろいろ考えてたらわけがわからなくなちゃって相談しにきた」
「そう」

幸村くんはそれだけ言って、私の相談は終了した。意識的に逸らしていた視線を幸村くんへやると、何かを考えているように見える。

「実は俺も似たようなことがあってね、立場は逆なんだけど」
「……逆って?」
「どうやら俺は、みょうじなまえさんのことが好きらしい。噂って、これのことだろう?」

この返答に一瞬固まってしまったものの、取り繕ったところで無意味だと悟り、無言で頷いた。幸村くんはそれに応えるかのように目を細めている。

「初めまして、幸村精市です。俺もどうしてそんな噂が流れているのかわからないけど、本人に会えて良かったよ」

それからは入っている部活や好きな食べ物のこと、面白い先生についてなど他愛もない話をした。何組に在籍しているかの話をしたときには互いのクラスが離れていたことから、教科書を忘れたら借りに来てよ、なんて恐ろしいことを言うので丁重にお断りした。

「じゃあどうやって会えばいいの?」
「え、会うの?」
「会おうよ」

幸村くんはどうやら少々天然というか、好奇心旺盛なタイプのようだ。

「なんとなくだけど、俺達うまくやれる気がする」
「それはどういう意味、で、……って聞こうとしたことは忘れてお願い!」
「もう聞いちゃったから、答えるね」
「無理ほんと無理やだ」
「友達にもなれそうだけど、みょうじさん可愛いからなぁ。好きになっちゃうかもね」

そこから先はあーとかうーとか、そんな意味のない音しか出なかった。幸村くんが連絡先を教えてくれて、それから、私からの連絡を待っていると言われたような気がする。流されるまま適当に頷くと、彼は嬉しそうな顔をして、そのまま保健室を離れた。

「なにあれ、ずるいなぁ……」

思春期真っ只中の私には刺激が強すぎて、正常な判断は下せそうにもない。


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