ジリジリと照りつけてくる太陽。
畑当番である山姥切と堀川は一時休憩をとることにした。
この時期の畑当番は体力が削られるため適度に休まなければ倒れてしまう。
山姥切が木陰で体を休ませながら目元を覆う襤褸布を少しだけ捲って空を仰ぐと、青葉の隙間から漏れてくる日差しがきらきらと輝いてそれはとても幻想的な美しさだった。

「おーい!まんばくん!まんばくーん!」

どこからか聞こえてきた声に山姥切は慌てて襤褸布を深く被った。
それとほぼ同じタイミングで審神者と呼ばれる刀剣男士達の主が木陰にひょっこりと顔を覗かせた。

「あれ、堀川くんは?確かまんばくんと一緒に畑当番だよね?」
「今は休憩中だ。兄弟は多分いつものところにいる」
「いつもの……ああ〜また和泉守のとこ?」

主は呆れ気味にため息を尽きつつ「それじゃあ取り敢えずまんばくんでいいや」と呟いた。

「何だ、俺に何か用があるのか」
「うん、資材運ぶの手伝って欲しいんだよね。今長谷部が遠征に行ってて暫く帰って来れないからさ、たまには私が資材の管理しないと」
「……あんたの頼みなら」
「まんばくんならそう言ってくれると思ったよ」

にっこりと笑う主に山姥切は少し気恥ずかしくなって足早に資材置き場へと向かった。
後ろからパタパタとついて行く主は未だに山姥切を見てニヤニヤと笑っている。

「ところで、何で急に資材を運ぶ気になったんだ?いつもは面倒がって全然しないのに」
「うーん、皆レベルも上がってきてるしそろそろ新入り欲しいんじゃないかなって。それにほら、この間万屋で富札買っちゃったし使わなきゃ勿体ないじゃん?」
「富札?あの長谷部がよく買わせてくれたな」
「ん?もちろん長谷部は知らないよ」
「……怒られても知らないぞ」
「あっはは!資材運び手伝ってる時点でまんばくんも共犯者なんだから、仲良くしようよ」

その言葉に山姥切は今更ながら主の願いを簡単に承諾してしまったことを深く後悔した。
まあ、どうせ長谷部のことだから主には何だかんだ甘いのだろう。
だがしかし、共犯者になってしまった今、主の代わりに山姥切がお説教を食らう羽目になりかねない。
でももし山姥切が断っていたら恐らく堀川のところへ行っていた可能性が高いので、それはそれで兄弟を売ってしまう罪悪感が苦しい。
どちらにしても長谷部が不在の今、悶々と考え込んだところでどうにもならない。
できるだけ早く資材を運び鍛刀を済ませてしまおう。
ようやく最後の玉鋼を運び終え、主が資材と共に富札を炎の中に放り込んだ。
瞬間、炎が虹色に輝きだし、主が「おお!」と歓喜の声を漏らした。
あまりの眩さに山姥切は襤褸布だけでは物足りず手で目の前を覆い、顔を背けた。
たった数十秒のできごとが随分と長く感じられた。
シャラリという煌びやかな音に山姥切が固く閉じていた目を開け、恐る恐る指の隙間から前方を見てみると、そこからはもう虹色の光は消えていた。
が、変わりに藍色の衣を纏った美しい男が立っていた。

「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ」


花は折りたし梢は高し



本丸に三日月がやってきて十日が経った。
山姥切が資材運びを手伝ったため目の前にいたことと、この本丸における初期刀だということもあり、主から三日月の世話役を命じられた。
正直、山姥切にとって長谷部から理不尽に怒られたことよりも三日月の世話役を任されたことの方が憂鬱だった。
何故なら、三日月はあの天下五険の一振りで、しかもその中で最も美しいとされる刀。
写しであることがコンプレックスの山姥切にとってその美しさは目の毒だった。
だからなるべく関わりを持たない為に、山姥切は鍛刀で出会ったあの瞬間から最低限の距離感で三日月に接していた。

「おお、山姥切の。こんなところにおったか」

いつもの木陰の下。お気に入りの場所でもあるそこで休んでいると山姥切のもとに三日月がやってきた。
見上げると青葉から漏れる日差しに三日月の綺麗な藍色の髪が照らされて、山姥切はいつかの幻想的で美しかった景色のことを思い出した。

「山姥切の?」

暫く見入っていると小首をコテンと傾げた三日月が不思議そうに山姥切を見た。
慌てて我に返った山姥切は一つ咳払いをしてから平静を装いつつ三日月から視線を逸らした。

「……どうかしたのか」
「手合わせの後すぐに消えてしまったのでな、探していただけだ」
「今日の手合わせはもう済んだだろう。後は部屋に戻るなり好きに過ごしていい」
「ふむ……そうか。では好きに過ごすとしよう」

そう言って三日月はおもむろに山姥切の隣へ腰を落ち着かせると、まるで真似をするように大木に背中を預けた。

「あ、あんた、何してんだ」
「ん?好きに過ごしているだけだが」
「……いや、そうじゃなくて」
「ここは風もあって気持ちいいな、山姥切の。毎日でもここに来たくなるわけだ」
「…………」

山姥切にとって、一日一回ここで過ごすのは日課だった。
ここに座っているだけで心は安らぎ、他の余計なことを何も考えずに済む。
自分が、写しだということも……。

「なあ、山姥切の」
「………」
「明日も、ここに来ていいか?」
「……勝手にしろ。俺は明日は出陣だ」
「そうか」

襤褸布から隣の三日月を盗み見たが、その表情はいつもと変わらぬ穏やかなもので、結局三日月の気持ちは何も読み取ることができなかった。

「俺はいつ出陣させて貰えるのか、主から聞いてはおらぬか?」
「……何故俺に聞く」
「粟田口の短刀達が教えてくれたのだ。山姥切はこの本丸に初期刀として選ばれてから長く近侍を務めているのだろう?」
「主は底知れぬ人だ。俺にも他の刀剣達にも話しているとは思えない。待っていればそのうち出番がくるだろう」
「ふむ、そうか」

三日月の表情は相変わらず穏やかだったが、どうやら主に出陣させて貰えないことが不満でもあるようだった。
少しキツい言い方をしてしまっただろうか。
理由も分からずこの本丸に縛られ、出陣にも遠征にも行かせて貰えないというのは、初期刀でずっと隊長を任され続けている山姥切にとって想像もつかないことだった。
それ故に三日月の心中を推し量ることもできなかった山姥切は少しの申し訳なさと己の未熟さに後悔し、少しでも慰めてやろうと頭の中で言葉をぐるぐると巡らせた。

「で、でも……別に三日月が悪いわけではない。主は今短刀や脇差を連れて夜戦にばかり臨んでいるからな。太刀の三日月には不利な場所だ。夜戦が落ち着けば三日月の活躍できる場を設けてくれるだろう」
「はっはっはっ。そうかそうか、山姥切はやはり主のことをよく分かっているのだな」
「別に、そんなんじゃない……」

ほんの少しの嬉しさと気恥ずかしさで山姥切は襤褸布を深く被り膝を立てて窮屈そうに丸くなった。
耳まで真っ赤にさせた山姥切の姿に三日月は目を細め襤褸布の上からその頭を優しく撫でてやった。
すると山姥切の肩がびくりと跳ね上がり、真っ赤な顔で三日月のいる隣に振り返った。

「優しいな、山姥切は」
「べ、別に優しくなんか……」
「はっはっはっ、そう言うと思ったよ」

直に触れられたわけではない。
なのに三日月に触れられた部分が酷く熱く、体中が湧き上がってくるのを感じた。

「い、いつまで撫でるつもりだ。もう離せ」

山姥切が三日月の手を半ば無理やり引き剥がしたその時だった。
三日月の指先が襤褸布に引っかかり、今まで主の前でも隠し続けていたその頭と顔が晒されてしまったのだ。
突然のことに山姥切も三日月も暫く動くことができずに数分の時間が流れた。
やがて慌てて襤褸布を深く被り直した山姥切は深く俯いたまま、何も言わずにその場を駆け出してしまった。

「……やってしもうた」

取り残された三日月は去っていく山姥切の背中を見つめながら、一人自嘲的な笑みを浮かべるのだった。


20170124
20190824
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