「君たち、最近様子がおかしくない?」

山姥切にとっても三日月にとっても気まずい事件があってから数日、二人は主の部屋に呼び出されていた。
山姥切は原因に思い当たりがあるため表情を固くしたまま黙りこくり、三日月はいつもと変わらず穏やかな表情のままだ。
二人の様子があまりにも噛み合っておらず、なぜだか主の方が拍子抜け状態だ。
ともあれそれをなるべく表情には出さないまま、主は正座をする2人の前へ仁王立ちし腕組みをした。

「あまり本丸の空気を乱して欲しくはないんだけどねえ」

少し厳しく言って仲直りを促してみるも、
「……すまない」
「はっはっはっ」
と、2人の反応は相変わらずバラバラ。
全く噛み合ってねえこいつら、と、主は心の中で舌打ちをした。

「とにかく、一度二人で話をしてみたらどうかな。お互い避け合っていても仕方がないし、ちゃんと意志疎通を取るべきだよ。暫くは新人を入れるつもりもないし、二人には仲良くしてもらわないと」
「………」
「あいわかった」

何だろう、本当に全く噛み合わないなこの二人……と、不安を感じながらも主は部屋を出て行く二人を見送った。


花は折りたし梢は高しA



主の部屋を出た二人はお互いに顔を合わせることもないまま、静かに廊下を歩いた。
噛み合わない足音。三日月よりも一歩後ろを歩く山姥切は、先程主に言われたことを心の中で反芻していた。
暫く新人を入れるつもりはないと、そう言っていたことを。
それはつまり、次の新人をいれるまでは内番やこの本丸での生活を三日月と共にしなければならないということで。
近いうち、出陣や遠征などのいろはも三日月に教えてやらねばならないということ。
確かに今のような気まずい関係性では大事な場面で他の刀剣達にも迷惑をかけてしまうかもしれない……。
頭では分かっていても、いざ三日月を目の前にすると頭が真っ白になってよそよそしく振る舞ってしまう。
主に言われるまでもなく、山姥切はどうしたものかとここ数日頭を悩ませていたのだ。
正直、山姥切自身もどうしてそこまで三日月を避けてしまうのか、よく分かっていなかった。
確かに襤褸布の中の素顔を見られてしまったことには驚いたし勢いで逃げたりもしてしまったけれど、あれは不幸な事故で仕方のなかったことだ。
見られて嬉しいものではないけれど、そんなことで何日も腹を立てるほど俺はお子様なんかじゃない。
ならば、なぜ三日月のことを避けてしまう?
必要以上に警戒して、素っ気なく振る舞ってしまうんだ?
頭の中がぐちゃぐちゃで、ワケが分からない。

「山姥切の」
「………!」

呼ばれて立ち止まってみれば、前を歩いていたはずの三日月が真剣な表情で山姥切を見つめていた。

「この間は、すまんかった」
「………っ」
「その……わざとではなかった。見られたくないものだということは分かっておったし。それでも山姥切を深く傷つけてしまったのなら………」
「違う」

ハッキリとした山姥切の否定に三日月は目を丸くした。
いつも穏やかに笑ってばかりいる三日月のそんな表情を見るのは、長く傍にいた山姥切も初めてのことだった。

「あんたのことは別に怒ってない。傷ついたというより、驚いただけだ。俺こそ何も言わず逃げたりなんかしてすまなかった」
「………」
「主にも気を遣わせてしまったし、俺もこれからは態度に気をつけよう。……それでいいだろう?」
「………」

三日月は何も言わなかった。
ただ黙って、山姥切を見つめているだけだった。

「今日の内番は休みだから、ゆっくりするといい。俺も部屋に戻る」
「山姥切の」
「………なんだ」
「これから何も予定がないなら、俺に付き合ってはくれぬか」
「付き合う?どこに?」
「あの木陰に、山姥切と一緒に行きたいのだ」
「………」

それはまるで、主から一度聴いたことのある『デート』の誘いのようだった。
デートとは、想い合う男女が一緒に出掛けたりすることだそうだ。
……いや、俺と三日月は想い合ってなんかいないんだから、これは『デート』の誘いなんかではない。
それに男女でもない。ありえない。
俺はなんておかしな勘違いをしていたんだろう。
でも、三日月があまりにも真っ直ぐ俺を見つめてくるから……。
山姥切は浮かんでくる数々の感情を振り払うように首を左右に小さく振ってから、三日月を見上げた。

「予定はない、付き合おう」

その返事に三日月はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。


***


木陰の下に辿りつくと、三日月は以前と同じ場所に座り込んだ。
山姥切も自然といつもの定位置に座る。
久しぶりにここへ来たな……と、いつものくせで大木を見上げると、やっぱりその景色は以前と変わらず美しかった。
あれから数日、山姥切は出陣があって来られなかったこともあるが、何だかこの場所にも近寄りがたくなって避けるようにしていたのだった。

「三日月」
「なんだ?」
「あんたは……この数日、どうしていた?」
「それを知って、どうするんだ?」
「いや……話したくないなら、いい」

自分もそうしていたように、三日月もここを避けていたりしたんだろうかと気になった。
あの日、三日月は明日もここへ来ていいかと尋ねてきた。
もしも俺のせいで三日月も避けていたのなら、申し訳ない。
小さな罪悪感に膝を立てて座る山姥切を見てか、三日月がふっと小さく笑った。

「あれから毎日、ここへ来ていた。山姥切がそのうち来てくれるような気がしてな。でも、来なかった。待っても待っても来なくて、それが思いのほか寂しくてな……。少しだけ八つ当たりというものをしてしまった、すまない」

表情はいつもみたいに笑っているはずなのに、その瞳があまりにも寂しそうで。
山姥切は襤褸布の中から見た三日月に、酷く胸が痛んだ。

「三日月……そんな顔をするな。俺はあんたにそんな顔で待って貰うほど、大した刀じゃない」

自分で言っていて、なんて情けない言葉だろう。
山姥切は表情を見られまいと襤褸布を深く被った。

「山姥切の」
「………」
「こんなことを言ったらまた逃げられてしまうかもしれんが、俺にはずっとお前がどの刀よりも美しく見えていた」
「………」
「初めてこの姿で山姥切を見てから、ずっとだ」

─────嗚呼、もう、やめてくれ。

「山姥切」

─────駄目なんだ、これ以上は。

「俺はずっと……」

─────三日月、やめてくれ。
じゃないと、俺はもう……。

「俺はずっと、お前が愛しいよ」

優しく掴まれた左腕。
顔を上げた山姥切のすぐ傍にはその名の通り、三日月の形をした美しい瞳があった。

「みか……っ」
「嫌なら、突き放せ。それくらいの力はあるだろう?」

カサリと山姥切の頬を青葉がかすめていった。
三日月の柔い唇が重なるのと、それはほぼ同時だった。
緊張やら何やらで山姥切の手が段々と汗ばんでいく。
自分のどこにそんな余裕があったのかは知らないが、丁寧にも目を閉じていたらしい。
唇に触れていた熱が離れていき、ゆっくりと目を開けると三日月の顔がすぐ傍にあった。

「山姥切の」
「………何だ」
「明日も、ここへ来ていいか?」
「好きにしろ……」

目を合わせるのは気恥ずかしくて、山姥切が視線を背けると三日月はいつもの調子で「はっはっはっ」と、穏やかに笑った。


20170412
20191213
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