※原作『旧い友らと忘年会』の後の話です。


人には誰にだって隠しておきたい秘密があるもの。
些細なことから、大きなことまで。
私にだって、隣を歩く夏目くんにだって、そしてあの人にも……。


秘密にしておきたいコト



「仔猫ちゃん、どうかしたのかナ」

喫茶店からの帰り。
まだ少し眠たそうに目を細めていたはずの夏目くんが私を見下ろしながら不思議そうに問い掛けてきた。
私はその質問の意味をよく理解できず、小さく首を傾げて見せた。

「おや、質問したのはボクのはずなのに仔猫ちゃんの方が不思議そうな顔をしているネ?」

クスクスと笑う夏目くんは、さっきとはまた違った意味合いで目を細めた。
夏目くんとこうして話していると、なんだか心を見透かされているような気がする。
少し警戒しつつ「どうしてそんなこと聞くの?」と尋ねると、夏目くんはまた小さく笑った。

「勘違いだったらいいんだけどネ。何だか仔猫ちゃんの様子がいつもと違っているような気がしたんダ」

夕日を背に悪戯な笑顔を見せるその姿に隠し事はつくづく苦手だなあと、今更なことを思った。
それとも夏目くんがこういう事に敏感なのかな。
どちらにしても、私の心はすっかり見透かされていたわけだ。

「もしかして、奏汰兄さんのコト?」
「………!?」
「あっはは、仔猫ちゃんは本当に分かりやすいネ」

まさか図星を指されるなんて、予想外だ。
夏目くんは本当に何者なんだろう。
ここまで的確に当てられると本当に魔法使いなんじゃないかと疑ってしまうレベルだ。

「さっき奏汰兄さんが言ってた忘れて欲しいコトが気になってるんでショ。当たり?」

コクコクと頷いて見せると夏目くんが「本当に分かりやすいナ〜」と薄く笑ってからゆっくりとした動作で足を止めた。

「仔猫ちゃんは賢いから分かっていることだと思うケド、奏汰兄さんのコトをボクの口から教えてあげることはできないヨ」
「…………」

分かっている。
夏目くんの言っていることも、そして、深海先輩の家庭事情にまで首を突っ込むのはさすがにプロデューサーとしてはいきすぎているということも。
何より、深海先輩自身がそれを望んではいないということも……。
でも何かを内に抱え込んでしまっているのなら、それを救ってあげたい。
そう思うのは、お節介だろうか。うざがられてしまうだろうか。
そんなことを考えると、どうしても先には踏み込めない。いや、踏み込んじゃいけないような気がしてくるのだ。
背中から冬の冷たい風が吹いた。
顔を俯かせる私に夏目くんはさっきよりも少しだけ柔らかな声で「仔猫ちゃん」と私を呼んだ。

「仔猫ちゃんが落ち込むことはないヨ。奏汰兄さんも、そのうちちゃんと話してくれるんじゃないかナ。仔猫ちゃんのことは随分と気に入っているみたいだしネ」
「……そうだと、嬉しい」

まだまだ半人前で頼りない私。
深海先輩が卒業してしまうその日までに、少しでも立派なプロデューサーになって頼って貰えるようになりたい。
それは深海先輩に限ったことではなく、もちろん他のみんなにも同じように。
その為に少しでも強くならなくちゃ。

「仔猫ちゃんは、意外と寂しがり屋なんだネ」
「え?」
「奏汰兄さんに頼って貰えてないことが寂しかったんでショ?そんな顔してたヨ」
「………っ」
「でも大丈夫だヨ。仔猫ちゃんが思っている以上に学院のみんなは仔猫ちゃんのことを頼りにしているかラ。もちろんボクもネ」

そう言って夏目くんの手がふわりと私の髪を撫でた。
何だか心臓を優しく撫でられたみたいでこそばゆいのに、とても温かい。

「それにしても、奏汰兄さんには妬いちゃうナ」
「?」
「仔猫ちゃんにこんなに大事にして貰えるなんて、羨ましいヨ」
「……?」
「あからさまに不思議そうな顔しないでヨ。分からないノ?」

迷った挙げ句、恐る恐る頷くと夏目くんは少し困ったように笑った。

「う〜ん、仔猫ちゃんはどうも相当鈍感みたいだネ。これは苦労しそうダ……」
「???」
「さ、もう日も暮れてしまいそうだヨ。この話の続きは今度にしようカ」

濃紺とオレンジのグラデーションでできた空を見上げて、夏目くんが小さく息を吐き出した。
その口から吐き出された白いモクモクが綺麗な夜空にゆっくりと溶けていくのを見送ってから、私と夏目くんもまた歩き出した。


20170106
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