どうやら、環くんは怒っているらしい。
言葉の中に込められた感情を理解するまでに、壮五は数回の瞬きを繰り返した。
別に難しいことを言われたわけではない。
「さっきの、なに」と、分かりやすい言葉で質問されたのだ。
環の言う「さっきの」とは、きっと晩御飯の準備をしていた時の事だろう。
昼に一度、壮五は環を怒らせて険悪な雰囲気になっていたところをマネージャーにとりなして貰った。
そういったことは今日に限ったことではなくよく起こることで、だからといってその度に誰かに頼ってばかりではいけないと考えた壮五はマネージャーにお礼がてらそれとなく相談を持ち掛けた。
その流れで環ともっと距離を縮めてみてはという話になり、環を見習って壮五も渾名で呼んでみてはどうだろうかと提案されたのだった。
そうしたらたまたま今日は環と壮五が晩御飯の担当だったので、チャンスとばかりにさり気なく「たあくん」と呼んでみたところ、環はカレーの入った鍋を取り落とし、リンゴのように顔を真っ赤に染め上げて目も合わせてくれなくなってしまったのだった。
他の人に対してはどうなのかまだわからないけれど、少なくとも環相手には有効なコミュニケーションではなかったらしい。
もう少し時間を置いてから環くんに声をかけようかな、なんて思いながらマネージャーに結果報告のラビチャを送っていると後ろから環に声をかけられ今の状況に至る。
壮五は困ったように眉を寄せ、とにかく謝らなくてはと懸命に思考を巡らせた。

「えっと……不愉快な思いをさせたならごめん」
「別にそうとは言ってねーじゃん。さっきのは何だったのかって聞いてんだよ」
「何って……」

環の言っている意味が理解できず言葉に詰まる壮五を見て、環は眉間に深い皺を刻んだ。
ソファーに座ったまま環を見上げる壮五からはただならぬ怒気を含んでいるかのように見えた。

「そーちゃん、晩飯前に酒飲んだだろ」
「え?お酒なんて飲んでな……」
「ぜってー嘘だ!じゃないとそーちゃんが俺のことあんな風に呼ぶわけねーし!」
「いや、待ってよ、落ち着こう環くん。僕はお酒なんて飲んでないし、さっきのはその……僕なりの歩み寄りというか……」
「は?何だよそれ、そーちゃん嘘ばっか」
「なっ!嘘なんてついてないよ、僕はただ環くんと仲良くなれたらと思って……」

言葉尻が段々と小さくなり恥ずかしさで顔が熱くなっていく。

「……ほんとに?」
「ほんとう、だよ。でも環くんが不愉快だったなら……」
「俺も別に、嫌じゃなかったけど……いきなりだったからビビったっていうか」

髪をがしがしと乱しながら環がさっきのように頬を赤く染める。
確かに、普段から渾名で呼ばない人が急に距離を縮めてきたら驚いてしまうかもしれない。
壮五は自分の行動に反省しながら小さく頷いた。

「そうだったんだね。じゃあ今度からは渾名で呼ぶから、いいよね?」
「うん……」

確認を取ってはみたが、どうにも環はあまり乗り気じゃないらしい。
視線を不自然にさまよわせて一度も合わせてくれようとしない。
僕の呼び方に何か問題でもあるんだろうか。
壮五は思い当たることを色々思い浮かべみたがそれは判然としなかった。

「たあくん?」
「!?」
「試しに呼んでみたんだけど」
「………」
「変、かな?」
「……やっぱ渾名で呼ぶのナシ」
「えっ」
「そーちゃんには、いつもの呼ばれ方のがいい」
「そう?」
「うん」

どうやら「たあくん」呼びはお気に召さなかったらしい。
まあ、でも……

「僕も、無理して渾名で呼ぶより環くんって呼ぶ方が安心するかな」

そう言って壮五が笑いかけると環も一度目を丸くさせてから同じように微笑んだ。


君と名前



後日談。
壮五はあの後、マネージャーからのせっかくのアドバイスだったので他のメンバーにも渾名で距離を縮めよう作戦を使ってみることにした。

「ごめん、そこにある本を取ってくれないかな」
「はい、どうぞ」
「ありがとう、いおりん」
「!!?!?!?」

スルリと落とされた本のおかげで、壮五の足の甲にはそれから一週間ほど痣が残りました。

やっぱりこの作戦は誰に対しても有効じゃないのかな……。by壮五


20170411
20191216
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