※捏造過多
※名無しのモブ
※未成年の飲酒





五月十五日午前十一頃。古都京都では、京都三大祭りの一つである"葵祭"が行われていた。
祭事の一つとして平安装束に身を包んだ者たちが京都御所から下鴨神社を経て上賀茂神社まで八キロもの道を歩くのだが、その行列を見物する多くの観光客に紛れ、京都高専の生徒や二年生の担任教師、それから高専のOB・OGの術師、補助監督がそれぞれ割り当てられた担当現場にて祭事を見守っていた。

「いいなぁ。斎王代の人すごくカワイイ。ナマエちゃんって斎王代になれたりしないの?」

神輿に乗った、斎王代役の女性を羨望の眼差しで見ていた西宮はナマエを振り返る。

ナマエは西宮に手を引かれて人混みを縫いながら、斎王代役を務める女性を遠目で見つめ、眉を落とした。

ナマエも幼少から斎王代に憧れていた為に羨ましくて仕方がないのだ。毎年葵祭が近づくと、今年はどんな女性が選ばれ、どんな十二単衣を着るのかと調べていた程だ。
ただ今年は高専で忙しくしていた為か葵祭のことは失念していたし、何故か斎王代への羨望は例年程はなくなっていた。

「残念ながら加茂家の血が流れる者からは選ばれないことになっております。賀茂社の方たちは加茂家のご先祖さまの祖先に由来がありますが、呪術界とは切り離されているのでそこはお互いに線引きしているのです」

「なんかややこしそうだけど、その賀茂社の人たちがこの祭りをやっているから毎年呪霊が生まれたり集まってきたりするんでしょ?」

「確かにその通りですが──」

人混みから抜けると、ナマエは西宮に合わせて立ち止まり、辺りを見渡して状況を確認する。

西宮の言う通り、毎年行われる葵祭りは名誉ある祭事の主役に選ばれた斎王代への嫉妬や怨嗟により呪霊が生まれやすく、また数多の呪霊を引き寄せもした。その為毎年こうして高専の学生が葵祭の会場に赴き、呪霊を見つけ次第速やかに処理することが行事になっているのだが、観光客でごった返した現場で一日中隠密に働かされるので生徒たちからは大不評である。特に女生徒からの不満は多く、真依は「この祭りも高専行事も大嫌い」とはっきり嫌悪を露にしていた。

「──土地に根付く賀茂の神々を蔑ろにすることはできません。祭事をやめた後に自然災害が起これば、非術師たちが自然への畏怖を思い出し、より強大な呪霊が生まれる可能性もあります。そもそもこの祭りの起源が、暴風雨を賀茂の祟りと解釈して始められたので……」

「確かに賀茂の神様が土地神の呪いとして生まれたら怖いもんね。上賀茂神社なんか京都最古の神社だしヤバいの生まれそうだよね」

「その暴風雨を起こしていたのが土地神であったという伝承が加茂家に残っているらしいです。わたしの家は加茂家とは遠縁で地位もないので土地神についての史料を見ることはできませんが、伝承は口授されてきています」

「遠縁にも口伝されてるとは加茂家の保守派っぷりすごいね」

「それが加茂家のいいところであると思っておりますが……」

ナマエは許婿である憲紀の出自を知っているからこそ、保守派への悪感情は伏せて言葉を濁した。
加茂家を守る為に相伝の術式を持つ妾腹の憲紀が嫡男として迎えられたのはいいが、憲紀の実母は加茂家から追放された。そしてミョウジ家は加茂家次代当主の憲紀の許嫁には相応しくないとして、冷遇を受けている。目的は良くても手段が好ましくない。

そんな加茂家の事情をあまり知らない西宮でも、憲紀が加茂家次代当主としてストイックに努力している姿を同級生として丸二年以上見てきていて憲紀の大変さを感じ取っていたのかもしれない。ナマエの気まずそうな雰囲気を察した様子で、その場の濁った空気を吹き払うような笑顔を満面に浮かべた。

「まぁ、これが終わったら恒例の高級料理店に連れて行ってくれるって歌姫先生言ってたし、さっさと呪霊払っちゃお!」

「はい!」

西宮の明るい笑顔に釣られてナマエも顔を綻ばせ、西宮に繋がれている手をぎゅっと握り返す。

二人は呪霊を探す為に再び人混みの中へ入って行った。



 ◇



夜八時頃。各自二組に別れて呪霊狩りに勤しんでいた生徒たちとそのサポートに回っていた教師とOB・OGたちは先斗町のとある料理店に集まっていた。

座敷の川床での打ち上げであり、元々生徒同士の交流を目的としたものであったが、OB・OGの参加によりいつからか形骸化して、毎年新入生が成人済みのOB・OGのお酌をすることになっている。

今年はナマエと新がお酌に周り、料理に手をつける暇もなく忙しくしていたが、ナマエも新も人懐っこい気質で人付き合いが得意の為、お酌を卒なくこなしながら先輩達との会話を楽しんでいた。

「ナマエちゃん、全然食べれてないだろうからお箸持って隣おいで」

「はい」

ナマエの従順な様子を気に入ったのか、すっかり酒に酔った様子の女性の先輩に手招きで呼ばれたナマエは人懐っこい笑みを浮かべ、箸を持って彼女の隣へ移動する。

「これ、回ってきたメカ丸君のやつ。誰も手つけてないから」

「ありがとうございます」

変装をして参加しているメカ丸の分の酢の物の小鉢を受け取ったナマエは「いただきます」と小さく呟き、漸く料理に箸をつける。
酢の物は懐石料理であるだけに見た目が色鮮やかで美しく盛り付けられていて、味もまろやかで美味だ。

ナマエがしゃんと姿勢を正して食事する姿を、女性の先輩は不思議そうに見つめ、首を傾げる。

「ナマエちゃんってなんで術師になったの?霞ちゃんもだけど、術師にしてはなんか良い子過ぎない?」

「確かに三輪さんはとても良い方ですが、わたしは別に……」

ナマエは手を止め、少し離れたところで、飲酒を我慢している歌姫の話し相手を努める許婿を見やり、口籠る。

自分が高専に入った理由はあまりにも不純で人様に言えたものではない。一方で、術師でいる理由は純粋な気持ちからとはいえ、加茂家次代当主の許嫁としては相応しくない状況にあるから説明に困った。

「術師になったのは大事な人たちのお役に立ちたいからです……長くここにいられるかはわかりませんが、少しの間でも皆さんをサポートしたくて……」

「直接的に非術師を助けるわけでなく、術師の方をサポートしたいってわけね。十分立派だわ……合法的に人、つまり呪詛師を殺せるからって術師になった先輩に聞かせてやりたいわ」

「まぁ。そんな恐ろしい方がいらっしゃるのですか?」

「それがいるのよ。どっちが呪詛師なんだか……あ、お茶飲む?」

「ありがとうございます」

ナマエは長い時間水分摂取さえ満足にできていなかった為に、素直に氷がいっぱいに敷き詰められた緑茶のグラスを受け取って口をつけ、二口三口と喉を潤すように緑茶を嚥下していくが──冷たさ故にやや遅れてその味を感知し、ナマエの知っている緑茶の味とは大きく異なることに気がついた。

「これは、なんの、お茶でしょう、か……?」

口内に刺激を伴って染み渡る奇妙な味に咽せそうになりつつ、中身を点検するようにグラスを傾ける。

「んー緑茶じゃない?というか、それ誰が頼んだやつかしら。あ、ちょっと待って電話ー」

先輩はスマホを片手に席を立つ。
残されたナマエはグラスを手にしたまま、ぼーっと、覚えのある感覚に嫌な予感を募らせていた。こめかみの辺りがドクドク脈打つことや、顔を中心に体が熱く、怠く感じることも、とある年の新年に一度経験したことがある。

ナマエはぼんやりする頭で状況を整理し、女性の先輩の隣で男性の先輩と談笑していた新にそっと声を掛けた。

「このおちゃ、どなたが、たのんだ、ものか、わかりますか……?」

急激な眠気を感じて頭がぼやけるせいで、少し舌足らずな喋りになってしまうが、なんとか最後まで発話する。

「それ追加で頼んだOBの先輩の緑茶ハイですけど、ナマエさん滑舌危ういし、心なしか顔が赤いような……?まさか飲んどらんよね……?」

ナマエの潤む瞳や少しふらふらと落ち着きがない様に新は目を見張り、心配そうに眉を落とす。

「どうしましょう……!」

嫌な予感が的中し、ナマエは背筋を凍らせた。
ナマエは甘酒ですら酔ってしまう程に酒への耐性がないのだ。ただでさえ呪霊狩りの手伝いで疲労しきった体だ。甘酒よりも度数の高いアルコールは体にまわりやすい。

「大丈夫ですか?とりあえず、お冷飲んで中和した方がええですよ。ナマエさんは女性の先輩方からお冷貰っていっぱい飲んでください」

「そうします……」

「ホンマに大丈夫ですか?加茂さんに声かけときますね」

「それはだめ、です……だらしのない、おんなだと、おもわれたく、ないです……おねがいです……」

「ええっと、加茂さんに後で色々言われるの怖いし、ナマエさんが心配なのでちょっとそこに座って待っててください」

「あらたくん……!」

「そんな顔されるとホンマに困るんやけど、すんません!」

新はナマエの頼みに困った様子を見せたが、ナマエの手からグラスを取り上げ、テーブルを周って憲紀のいる席へ向かう。

どうしても憲紀に乱れた姿を見られたくないナマエは前後不覚になる前にと、化粧室へ行くことにして席を立ち、屋内へ向かう。
屋内へ続く廊下の前で座敷の縁に崩れるように座り込み、自分のローファーを見つけ、片足ずつ履こうとするが、その間にも眠気が襲ってきてうまく履けず、靴が一メートル程先へ飛び出してしまった。

「あっ……」

「ナマエ、大丈夫か?」

ふわりと肩を抱かれ、耳元で馴染みのある落ち着いた声が響く──憲紀に見つかってしまった。

「のりとしさま……あの、これはちがって……」

近くに感じる憲紀の存在にいつも以上に胸を高鳴らせながらも、憲紀に幻滅されないようにと必死にその場を取り繕うとする。

そんなナマエを憲紀は優しげな眼差しで見つめ、ナマエの肩を摩った。

「新田から事情は聞いたよ。体調が悪そうだからどこかで休ませてもらおう。靴は私が取ってくる」

「……いえ、それはいけません……!」

「許嫁の世話を焼くのが私の役目でもある」

憲紀は草履を履くと、意図せず飛んでいってしまったナマエのローファーを拾い、ナマエの前に片膝をついてしゃがみ込む。

「そんな、だめです……!」

憲紀が頭を低くし、自分の片足を優しく掴んでローファーを履かせようとする姿を見てナマエは慌てふためくが暴れるわけにもいかず、大人しくすることにした。

爪先からローファーの履き口を通されている最中、憲紀の恭しい態度に、まるでお姫様のように扱われている気分になり、ナマエは惚けた顔で憲紀の顔を見つめる。相変わらず、お顔立ちの美しい素敵な男性──と、先程まで狼狽えていたことも忘れ、目の前の憲紀を見ることに夢中になる。

踵までローファーを履かさせられると、自分を見上げる憲紀と目が合う。どうしたんだ、とでも言うように首を傾げる憲紀をそのままぼんやりと見つめ続けた。

「……そんな顔で見つめられると困るのだが、立てるか?」

憲紀は意味ありげに咳払いをして立ち上がり、ナマエへ手を差し出す。

「はい……」

ナマエはゆっくりと立ち上がるが、少しフラついてしまい、すかさず憲紀が肩を抱いて支えた。

何事かと心配した店員が声をかけてくれ、憲紀が「熱っぽいから休める場所を」と頼むと、顔がきくこともあり、空いている座敷の個室を借りることができ、温かなお茶まで出してもらえた。

ナマエは座布団に脚を崩して座り込み、ゆっくりとお茶を飲むと幾らか気分は落ち着いてきたが、やはり酔いが回っているのか真っ直ぐに座っていられず、両手を座布団につき、いつも正している姿勢がどんどん崩れて前のめりになっていく。

「憲紀さまはもう戻られて大丈夫です……面倒をみていただきありがとうございました」

「全く大丈夫そうに見えないのだが?ナマエが良くなるまで一緒にいるよ。心配で目が離せない」

「本当に申し訳ございません……」

「謝ることはない。むしろ今日はずっと離れていたからこうしてナマエと二人になる口実ができてよかったかもしれない。怠そうにしているのは可哀想だけどね。肩を貸すよ」

そう言って憲紀は再びナマエの肩を抱く。

ナマエは憲紀に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、アルコールが理性を弱め、ナマエの中に渦巻く甘えたい欲求が強くなってしまう。陶酔感に流されるようにして憲紀の肩に凭れかかるように体を預けた。
少しだけ、と思って気を緩めたつもりだが密着すると脈拍は速さを増し、もっと憲紀を感じたくて仕方がなくなる。

「憲紀さま……」

ナマエは堪らず、甘えるような声色で憲紀を呼び、彼の膝の上に手を置き、体をぐっと押しつける。

「どうした?」

「何かおかしいです……くっつきたくて堪らないです……」

「寮に戻ってからなら幾らでも構わないのだが、こんなところでそこに手を置かれると困ってしまうよ……」

憲紀の膝の上に置いた手を引き剥がされてしまうが、ナマエは気にかける様子もなく、憲紀の胸に頬を当て、瞳を閉じた。
こうして密着している状態が心地よく、幸せな気持ちになる。

「早く寮に戻って憲紀さまと二人になりたいです……憲紀さまとずっとくっついていたいです」

「やけに素直だね。普段からそう思ってくれているのかな?」

「当然です……わたしは憲紀さまを愛していますので……ずっと、ずっと、一緒にいたいです……」

「私も同じ気持ちだよ」

ナマエの肩を抱いていた憲紀の手が、ナマエの後頭部に移動し、上から下へと髪の表面を辿るように撫でていく。
ナマエは憲紀の手の平の温かさを感じ入るように、気持ちの良さそうに瞳を閉じた。

「のりとし、さま……」

ナマエは段々と呂律が回らなくなり、憲紀の胸に預けていた体が崩れ、憲紀の膝の上へと倒れ込んだ。

「ナマエ?眠っているのか……?」

憲紀が声をかけるが、眠りにつくナマエの耳には子守唄のように心地よく響くだけだった。



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