※新視点サイドストーリー(四月の話)
※一年の先生はオリジナルキャラ





新田新が京都府立呪術高等専門学校入学した時、一年生は新一人であった。その為座学は担任教師または補助監督や窓との一対一で行われたが、課外授業という名の任務においては、自分の"触れた部位の状態の固定"という術式を生かす為に二年生の術師に同行する機会があった。そこで一つ年上の同じ高専の先輩──禪院真依から、来週あたりに女の子が編入してくることを聞かされた。

「どんな子なんですか?」

任務帰り、補助監督の運転する車の中で新は真依に聞く。

「そうね……まぁ、ちょっとおかしなところがあるけど、至って普通の子よ」

「普通の子ですか……」

わざわざ高専に来る人に普通の人はいないだろうが、真依と同級生の女子に三輪霞という、まともな感性を持った普通っぽい人がいるのだから、あり得なくはないのかもしれない。

「芸能人に喩えたら誰ですか?」

「は?そんなの知らないわよ」

新はただ編入生がどんな雰囲気の子なのか知りたい為に質問したのだが、真依は眉間に皺を寄せてゴミでも見るかのような目を新に向ける。

冷たそうな美貌だが意外と優しい先輩だと思ったらこれだ。こういうクセのあるところが呪術界の人なんだろう、と新は実感した。

ともあれ新は一年生が一人だけであることを寂しく思っていた為、その新しい編入生が来ることを楽しみにしていた。別に女の子だから、とあまり意識することはなく、同級生として、同じ術師として仲良くできればいいと思っていた。

四月の二週目の朝、噂の編入生であるミョウジナマエが担任教師に連れられて教室に入って来た。瞬間、時がとまったように場の空気が一変した。

長く、艶のある髪を背中に揺らしながら、真っすぐに教壇まで歩いてくる様はモデルのように美しく、こちらを向いて淡く微笑む顔は作りが小さく、パーツの一つ一つが美しく整っている。
幾らか化粧をしているからか、二つ程年上に見える程に大人びていて、細身だが窮屈そうに制服の胸元が膨らんでいることもあり、色っぽくみえる。

新は呼吸をすることすら忘れたように息を止めて、その美しい少女に見惚れていた。

「ミョウジナマエです。今日から同じ一年生として宜しくお願いいたします」

声まで美しい。まるで鈴を転がすような、澄んだ声で上品な話し方をする。

「どこが至って普通なんですか!?」

正気に戻った新は思わず机を叩いて立ち上がる。自分を騙した本人は不在であるのだが、衝撃のあまりツッコまずにはいられなかった。
その訳を知るはずのない担任教師は荒ぶる新を見て顔を顰める。

「なーに急にキレてんだ?ちなみにミョウジは三年の加茂の許嫁らしいから手を出すなよ」

「むしろそっちの情報の方が重要じゃないですか!なんで教えてくれはらなかったんや、あの先輩……!」

「ほら、授業するから教科書だして読んどけ。三十分後に問題だすからな。全問正解したら、たかーいラウンジ連れて行ってやるぜ?」

「それ授業ちゃいますよね!?あと俺、未成年って何べん言えば伝わるんですか!」

新のツッコミは拾われることなく、担任教師は手をひらひら振って教室から出て行く。
先週からずっとこんな感じの授業ばかりで辟易していたところであるが、担任教師は問題を作って生徒に解かせ、その答え合わせと解説を不足なくしているところはちゃんとしているし、問題を解くことを重視するやり方は理にかなっている為にあまり強くは言えなかった。本当は最初に解説を入れて欲しいものだが。

「あの……一年生は本当に二人だけなんですね」

ナマエが新の隣の机に着席し、声を掛けてきた。
近くで見てもナマエは美しく、顔のパーツの一つ一つを仔細に見てしまいそうになり、新はナマエから視線を外した。「彼女は加茂さんの許嫁」と自分へ言い聞かせつつ、不安げなナマエから発せられた言葉へ頷いて返す。

「そうです。俺たちの他にはいーひんっすよ。あ、自分、新田新っていいます」

新田は「何故敬語なんやろか」と不思議に思いつつも、ナマエの雰囲気に流されて敬語で返す。

「新田くん?新くん?どちらの呼び方が良いでしょうか?」

「ほんなら、名前呼びで」

新は元来呼び方には拘りがなく、女子相手でもあまり意識することはなかった。とりあえず親しみがある方を選んだわけだが、ナマエ相手には少し照れくさい気がした。

「新くん、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「教科書を読むとは、どこからでしょうか?」

「今日は編入生に合わせて前回と同じところやる言うてたんで、ここからだと思います……ええ匂いしはりますね」

ナマエが新の教科書を覗き込む際に揺れた髪から花のような女の子らしい匂いが新の鼻を擽ったので、ついいつもの調子で言っただけだが、ナマエは申し訳なさそうに眉を落とす。

「ごめんなさい。においますか?」

「いや、京特有の嫌味じゃなくて、本当にええ匂いやなと……なんか言い直すと恥ずいんやけど……」

「そうだったのですか?わたしったら、ごめんなさい……」

「気にせんでええですよ。とりあえず、ここから読んで要点抑えとけばええかと」

「ご丁寧に教えていただき、ありがとうございます」

「えろうしっかりしてはりますね。本当に同級生ですか?」

「よく歳を間違えられますが、わたしとしては嬉しいです。早く大人になりたいので」

そう言うナマエの顔は寂しげで、その言葉の意味に触れていいのか判断しかねた新は短く相槌を打って教科書を読む作業に移行した。

後日、何故か憲紀が許嫁であるナマエを高専から追い出そうと冷たく接したり、逆にナマエとのことで自分に嫉妬を露わにしてきたりと、元々怖いと思っていた憲紀に対して新は情緒不安定の滅茶苦茶怖い先輩という印象を持つことになった。

それから暫くして新が憲紀の任務に同行したり、憲紀がいつの間にかナマエを高専から追い出そうとするのをやめたり、ナマエを大事に労るような様子を見せたりするようになると、新の中の憲紀の印象にも変化が訪れた。

「加茂さんって普通にいい人なんですね」

いつかのように任務帰りの真依が乗る車に偶然買い物帰りであった新が同乗し、新は真依に話しかける。新にとって真依は時折仲良くしてくれつつも冷たい印象があるのも否めない先輩であるのだが、新の生来の人懐っこさ故に物怖じはしなかった。

「いい人か悪い人かの二択なら前者だけど、憲紀は面倒な男ってのがしっくりくるわ」

「ナマエさんには言えないですけど、妙に納得してまうわ……」

「私は気にせずガンガン言ってるし、新もナマエに気を遣うことないわよ?あの子、憲紀のことになると都合良く解釈するんだもの。意外と神経図太い女よ」

「そうですかね……?」

納得できない新であったが、それから数ヶ月もナマエと同級生として過ごすうちに真依の言っていることもあながち間違いではないことに気がついた。

「あの先輩、本当のことも言うんや……」

以前教えられたナマエの情報について嘘をつかれたと思っていた新は真依に対する認識も改めたのだった。




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