れいくんといっしょ
▽幼少期の降谷零です。年齢描写はありませんが、小一くらいのイメージで書きました。
「はい、みんなー。お兄さんお姉さんと手を繋いでね!」
眩しい日差しの照りつける夏休み。大学のボランティアサークルに所属する僕は、地域の子どもたちと日帰りのレクリエーションに行くことになっていた。目の前には二十名前後の子どもたち。親御さんと離れて、付き添いのボランティアと一緒に川遊びやアスレチックが楽しめる施設に行く。リーダーの女性に声をかけられて、自分の担当の子どもと手を繋いだ。
“ふるやれい”
名札には漢字と一緒にふりがなが振ってある。零くんか。周りの子どもたちより一際目立つその髪色。健康的な肌にその金色がとても似合っている。中腰で視線を合わせると、くりくりのおめめが僕を見る。
「僕はみょうじなまえといいます。今日はよろしくね」
零くんは無言のままこくんと頷いた。少し緊張しているらしい。手を繋いでバスに乗り込み、施設へ向かう。窓側に座る零くんはずっと外の景色を見たまま、不安げな顔を見せていた。
「零くん、緊張してる?」
「ううん、ちがう…」
繋がれたままの手がぎゅーっと握られた。小さくて温かい手だ。
「ヒロが……ヒロが来れないから。おうちのつごうだって…」
「ヒロ?」
“ヒロ”と呼ばれた名前の子は零くんのとても大事なお友だちで、今回も一緒に参加する予定だったが急遽来れなくなってしまったという。それでずっと落ち込んだ表情をしていたのか。
「じゃあ、零くんがいっぱい楽しい思い出を作って、ヒロくんに教えてあげないとね!」
「うん!」
空いてる方の手で零くんのさらさらの髪を撫でる。やっと笑顔を見せてくれた零くんにほっとした。隣の温かいぬくもりが心地よくて、バスに揺られながらいつの間にか二人で寄り添いながら眠ってしまっていた。
▽▽▽
施設についたらまずは川遊び。今日は気温も高いし、水位も低いから思いっきり遊べそうだ。水着に着替えて、浮き輪を膨らませたら、早速川に向かう。
「零くーん、おいでー!」
川岸で動こうとしない零くんを浅瀬から呼ぶが、水着の裾をぎゅっと握ったまま立ちすくんでいる。顔が強張っていて表情が硬い。一旦水から上がり、しゃがみこんで顔を覗き込んだ。
「零くん来ないの?」
「やだ……行かない……」
「川は初めてかな?」
「うん」
「じゃあ、抱っこしてあげたら行く?」
「…行く」
小学校でプールの授業があるのだから水に入れないということはないだろう。おそらく流れている水が怖いのだ。手を広げれば、零くんはゆっくりと僕の体に手を回す。ぎゅうっと必死にしがみつく体を抱っこして、一緒に川に入った。
「ほら、怖くないでしょ?」
「うん」
「見て、お魚さんがいるよ」
「ほんとだー」
透き通った水の底に腹びれのオレンジが揺らめいでいる。その鮮やかな色を見て、零くんは必死に腕を伸ばした。「綺麗だねぇ」というその表情には先程まで怖がってた様子は全くない。力任せに抱き着いていたその体は流れる水の中でだいぶリラックスしているようだ。
「次はどこ行くの?」
「そうだなぁ、動物さんに会いに行こうか?」
濡れた体を大きめのタオルでしっかりと拭き、着替えを済ませた。子どもの体は繊細だから、少しでも冷やせば風邪に繋がってしまう。楽しい遊びをした後に体調を崩してしまっては本末転倒だ。夏の日差しで体を温めながら、手を繋いで園内を歩く。零くんは上機嫌でトトロの歌を口ずさんでいた。
「あっ、僕あれに乗りたい!」
と、唐突に指さしたのはポニーの乗馬体験。対象年齢は九歳までとなっているから、大丈夫そうだ。
「なまえお兄ちゃんは一緒に乗れないの?」
「え、僕?僕が乗ったらお馬さんが苦しいから、一緒には乗れないなぁ」
「そっか…」
しゅんと項垂れてしまった零くんの頭をぽんぽんと撫でて、「ここで見ているから行っておいで」と背中を押した。優しそうな係のおじさんにヘルメットを被せてもらい、ポニーに跨る。
「なまえお兄ちゃーん、見てー!」
最初は怖がっていた零くんもだんだんと慣れてきて、此方に手を振ってくる。ニコニコしていて本当に可愛い。借りてきておいたサークルのカメラで零くんの笑顔をレンズに収めた。あとで印刷して渡してあげよう。
「ウサギさん大人しいねぇ」
「本当だね」
ポニーの後はふれあい広場でウサギを膝に抱く。彼の優しい手つきに膝の上のウサギも今にも寝てしまいそうだった。
「ウサギさんは目が赤いんだね。僕のは碧いんだよ」
「そうだね。零くんのおめめもすごく綺麗だよね」
その言葉にえへへと嬉しそうに笑う零くんが可愛くて、柔らかい金色の髪の毛に手を伸ばせば嬉しそうに頭を擦り付けてくる。この子を楽しませるはずの一日が、思っていた以上に自分が癒されていたように感じた。
「よかったら、一緒にお写真撮りましょうか?」
と、案内係の方に声を掛けられて一瞬声が詰まった。ただのボランティアなのに、零くんの思い出に残るなんて。そう躊躇しているとシャツの裾を引っ張った彼に「僕、お兄ちゃんと写真撮りたいな」と言われて係の人にカメラを手渡した。
▽▽▽
「今日はありがとうございました」
バスで地域の会館に戻ったら、最後のお別れの挨拶。親御さんに子どもたちを引き渡して、その日の様子をご報告する。
「零くんとっても良い子で、一日中笑顔で遊んでくれましたよ」
「お兄さんと仲良くできてよかったわね、零」
母親の手を握りながら、「うん…」と力なく頷く彼に首を傾げた。帰りのバスの中でも一睡もせずに、さっきまであんなに元気にしていた零くんのテンションが下がっている。今になって今日の疲れが出てきたのか。僕を見上げた瞳にはうっすら涙が滲んでいた。
「零くん、どうしたの?」
「…これで終わりなの?」
「ん?」
「もう遊んでくれないの?」
「それは…」
「僕、なまえお兄ちゃんと離れたくないよぉ」
ぼふっと音を立てそうな勢いで僕の体に抱き着いてきた零くんは、ずびずびと鼻を啜りながら細い腕で必死にしがみついている。そんな彼を落ち着かせるように、覆うように抱きしめ返す。
「大丈夫、また一緒に遊ぼうね」
「ほんとに?」
しゃがんで指を立てて差し出せば、そこに絡みつく小さな小指。
「本当だよ」
「やくそく、ね」
「うん」
それは茜色の約束。大切な夏のおもいで───。
2018.08.29
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