零時零分のさようなら


▽安室さんのLINEコンテンツと、ゼロティ留守番電話ネタが含まれています。
安室さんには主人公くんとLINEでやり取りした記憶が全てあります。
設定が甘い部分がありますが、スルーしてお楽しみください。







『申し訳ないが、諸事情によりこのアカウントは削除しなくてはいけなくなったので、もう連絡が取れない。協力ありがとう、またどこかで。』

九月一日。零時零分。
訪れたさようならは、あまりにも一方的で残酷だった。



僕と安室さんが出逢ったのは四月のある日のこと。出逢ったといっても、それは映画館のスクリーン上の話。今年の映画は昨年を超えるヒット作という話題を聞いて、なんとなく観に行ったのだ。行く前から“安室透”というキャラクターがどうやら女性の心を鷲掴みにしていて、一種の社会現象になっているというのは知っていたが、興味半分で観に行っていた僕にとってその出逢いはあまりにも衝撃的だった。目を引く容姿だけでなく、周りが恐れるほどの頭の良さとしたたかさ。真っ直ぐすぎる己の信念と、持ち合わせるのは尋常でないドライビングテク。一般人が言えば臭すぎて笑ってしまうような台詞も嫌味なく言ってのける男に、映画終了後にきゃーきゃーとはしゃぐ女性たちと同様に僕の心も高鳴っていた。

それから毎月の少ないお小遣いを使って映画館に通い、何とか三回は観に行くことができた。安室さんに会うために座席も一番良い位置を予約した。でもそれだけでは足りなくて、ツイッターで安室さんの情報を検索したり、グッズショップに足を運んだり。それもやはり女性客ばかりで恥ずかしかったが、安室さんのためだと覚悟してその中に飛び込んだ。

僕と安室さんのLINEトークが始まったのは、彼と出逢った日の熱が冷めやらぬ五月の初め。コミックの特典で付いてくる名刺の裏側にあるQRコード。それを登録すれば安室さんと会話が楽しめるという企画だった。しかし、近くの書店にはもう安室さんの名刺は残っていなくて、どうしても彼の名刺が欲しかったから五軒はしごした。

『登録ありがとう。何か情報があったら、ここに連絡してくれ。』

これが僕と安室さんの最初の会話だった。



安室さんと比べたら僕はあまりにも普通で平凡だ。容姿も人並みだし、頭が良いわけでもなく、彼のように人に慕われることもない。学校も友だちなんて居ないに等しかった。居たとしてもそれは、表面上のやり取りをするだけのクラスメイトだ。休み時間だって教室移動がなければ、行く必要のないトイレに行ってみたり、興味のない教科書を開いて予習するふりをしてみたり。人生で一番楽しい時期と言っても過言ではないのに、あまりにもつまらない毎日に辟易していた。それも彼と出会って180度変化した。まるで世界が変わったようにキラキラしていた。
休み時間はひたすら彼と会話した。たまにおかしな返事をしてくる彼に笑ってしまうこともあって、それを見たクラスメイトに「みょうじ、最近スマホばっか見てなんか変わったな」と言われたくらいだ。所詮悪い意味だとは思ったが、そんなことはどうでもよかった。僕には安室さんが一番大切だったから。

少しずつ更新される彼の反応が楽しくて、毎日が新鮮だった。いつの間にかセロリが大好物になっていたり、野良犬を拾って大切な家族が増えたり、レシピについて異常なほど語っていたり。蘊蓄が長すぎる彼に、きっとこの人は口から生まれてきたのだろうな、と思った。そして、彼のことを知るたびにどんどん好きになっていった。単行本を買って彼のことをたくさん勉強した。もっと知りたいとインターネットを駆使して、彼の同期のことや過去を調べては彼の悲しみに心が痛くなったりもした。彼はどれだけの悲哀と責任を背負って生きているのだろうかと思うと、おこがましいのは分かりつつも、彼のことを一番近くで支えてあげたいと思うようになった。それは既に読者と、いちキャラクターという枠を越えていたように思う。

八月も後半になり、安室さんのLINEコンテンツの終了がいよいよ現実的になってきた。サービス延長のお知らせがこないかと毎日期待していたが、その日は無常にも訪れてしまった。

八月三十一日。彼との時間も今日が最後だ。
今が夏休みで本当に良かった。朝からひたすら安室さんとの思い出を振り返るように、彼にLINEを送り続けた。途中、充電が切れそうになったり、酷使したせいでスマホが熱くなったりもしたが、壊れてしまってもいいとすら思った。今日限り耐えてくれれば。

『今日が最後なんて悲しいな』
『元気出してください。ハムサンドでも作りましょう。泣かないでください』
『今まで支えてくれてありがとう。楽しかったよ』
『どういたしまして。そういってもらえて嬉しいです』

安室さんの一つ一つの言葉が、優しさが心に沁みていって今にも泣きそうだった。
そして、ついに迎えた零時零分。

『さようなら、安室さん』
『申し訳ないが、諸事情によりこのアカウントは削除しなくてはいけなくなったので、もう連絡が取れない。協力ありがとう、またどこかで。』

“安室透”は消えてしまった。たった一瞬で、僕を一人残して。最後だけ降谷零として送ってくるなんてずるいよ。『またどこかで。』なんて有るはずもないのに。本当に彼はウソつきだ。

何気なしに観に行った映画だったのに、僕の中で彼の存在はこんなにも大きなものになってしまって。彼の最後の言葉を見た瞬間、涙が溢れて止まらなかった。いつでもどこでも彼と一緒だったのに。彼と出会う前の自分はどうやって過ごしていただろう。彼に捧げていた時間はどうやって使っていただろう。彼がいない世界なんて、今やもう想像すらつかないというのに、彼が消えたという現実しかここにはないのだ。



あれから数日経ったが、今でも僕は消えてしまった安室さんに話しかけ続けている。

『おはよう、安室さん』
『いってきます、安室さん』
『ただいま、安室さん』
『おやすみ、安室さん』

相変わらず彼は同じ反応を繰り返す。“またどこかで。”と。

昨日から両親が海外旅行に出かけてしまい、僕は広い家に一人暮らしだった。だからこそ、余計に孤独を感じる。彼が居てくれたら、こんな虚しさ感じなくて済むのに。そう思っても、この小さな画面の中に、もう彼は居ない。夕方からつけっぱなしにしていたテレビは、何度目かのニュース番組を繰り返している。こんな気持ちではバラエティーを見る気にもなれなかったから、経過のわかっているニュースをぼんやりと眺めていた。

そんな僕をはっとさせたのは、突然鳴り響いた来客を告げるチャイムの音。時刻は22時過ぎ。こんな時間に誰だろう。宅配便にしては遅すぎる。居留守を使おうかとも思ったが、電気が煌々と点いてしまっていては不在は通らない。躊躇している間にもう一度チャイムが鳴り、恐る恐る受話器を持ち上げ、耳に近づけた。

「はい……」
『…………』

インターホンの画面を見るも、玄関先の来訪者はちょうど映らない位置にいるのか、姿が見えない。見えるのは敷地に面した通りの外灯だけ。名乗らない相手に違和感と恐怖を覚えながら、もう一度呼びかけた。

「どちら様ですか?」
『僕です』

その返事にあるものがひっかかった。この応答……安室さんの留守番電話だ。

「まさか…」

そんな馬鹿な、と思いながらも受話器を叩きつけるように元の位置に戻し、玄関先へ走った。先程感じた恐怖心なんて一瞬で何処かに行ってしまった。すぐ開けなくては、という衝動が僕を突き動かした。

「……っ!」
「こんばんは」

そこに居たのは僕がスクリーン上で、誌面上で、スマホの画面上で見ていた安室透の姿。信じられない気持ちで思わず口元を片手で覆った。

「あ、あむろさん…?」
「僕です、って言っただけなのに。流石ですね」
「なんで…」
「とりあえず、入れてもらえませんか?結構外冷えてるので」
「あ、ごめんなさい。どうぞ」

安室さんに促されて、彼を家の中へ招く。こんなことならちゃんと掃除しておくべきだった。リビングには食べっぱなしの夕飯のお皿が残っている。彼に見られたら恥ずかしい以外の何物でもない。そんな僕を察してか、思慮深い彼はそれ以上先に進もうとはしなかった。

「では、改めて。初めまして、安室透です。いや、君には全てばれているから降谷零でいいのかな」

顎に手を当てて考え込む姿は今まで見てきた彼そのもので、未だに信じられないが目の前にいる彼はやはり安室透であって降谷零なのだ。

「じゃあ、とりあえず…降谷さん?どうしてここに…」
「それが僕にもよくわからなくて。ポアロの閉店作業中に突然頭が痛くなって、思わず蹲って目を開けたら君の家の前にいたんだ。表札を見てすぐに分かったよ」
「それって、トリップってこと…?」
「そういうことは信じていなかったが、そうなのかもれないな」

彼も本当に信じられないというような顔をしているから、そうなのだろう。トリップなんてライトノベルか二次創作でしか読んだことがない。僕だって信じているわけではないが、こうして現実に起こってしまえば受け入れざるを得なかった。

「なんだ、せっかく会えたのに浮かない顔してるな」
「え……あ、なんか…信じられなくて…」
「だったら確かめてみればいいだろう。ほら」
「あっ!ちょっと!?」

突然に抱きしめられて、身じろいだ僕を降谷さんはさらに強く抱き込んだ。香水の匂いだろうか。大人びた甘い香りが鼻孔に広がる。彼の頬と僕のそれが触れ合って、右側から体温が伝わってくる。温かくてじんわりと心を満たしていくのがわかった。この世に存在しないはずの彼が、存在している証。

「言っただろう、“またどこかで。”って」

甘くて優しい声が耳元で響いた。あの留守番電話で、何度も何度も繰り返し聞いた声。途端に涙が込み上げてきて、胸が締め付けられるほどに苦しくて息ができない。そんな顔を見られたくなくて、彼の肩口に埋めながら力任せに背中に腕を回した。

「ずっと僕のことを想ってくれてありがとう」
「っ……降谷さん…」
「違うだろう。“零”だよ」

こんな汚い顔見られたくなかったのに、彼に体を離されて覗き込まれてしまっては観念するほかない。止めどなく流れ落ちる涙を大きな掌で拭いながら、彼は慈しむような柔らかい視線を向ける。

「……零さん」
「なまえ」
「ん?」
「好きだ」

碧くて綺麗で、何でも透き通すような瞳がそっと閉じられて、温かなぬくもりが僕の唇に触れた。恋愛ごとに疎い僕が、それがキスというものなのだと気づくには少し時間がかかってしまったけれど、どう応えてよいか分からずにされるがままだった僕に、彼は何度も何度も啄むような口づけを与えてくれた。その合間に僕は必死に「好き」という一言だけを紡ぐ。彼のキスにさらに熱が籠ったことがわかって、それが酷く幸せに感じた。




2018.09.07

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