悪戯な純情
▽if設定。付き合っている二人。本編とは切り離してお読みください。
“Trick or Treat”
そんな言葉が教室内を飛び交う今日は10月31日。ハロウィンという名のお菓子パーティーだ。元々は外国のお祭りだったはずのこの日が、今ではすっかり日本文化の一つになりつつある。それは多感な高校生たちも例外ではなく、あちこちで手作りのお菓子を配ったり、悪戯をしたり。
教師は生徒にお菓子をあげてはいけないと校長の戒厳令が敷かれていたため生徒たちもそこには期待はしないものの、逆にそれを利用して悪戯を仕掛けられる。みょうじのような若手教員など彼らの格好の的だ。廊下の曲がり角ではわっと驚かされ、教室では黒板消しを隠された。新鮮な彼の反応に生徒たちは大はしゃぎ。そんな彼の様子を見て、視線で隠し場所を教えてくれたのは外でもない降谷だ。仕掛けた生徒たちは後に職員室に呼び出され担任から目玉を食らっていたが、授業中に彼と密にアイコンタクトを取れたのが嬉しくて、怒られてしょげている彼らには申し訳ないと思いつつも心は高鳴っていた。なんたって、降谷零はみょうじなまえの秘かな恋人だからだ。
そんな愛しい彼から連絡が入ったのは昼休み。通知画面に名前が表示されないよう、アイコンのマークだけが教えてくれる。他の教員に見つからないように、届いたメッセージをこっそり開いた。
『今日、お邪魔しても良いですか?』
イベントの日に来るということは、そういうことなのだろう。彼も他の生徒たちと同じく何かを期待してるということ。午後は授業が入っていなくてよかった。溜まった雑務を片付けて、定時には退勤できるかもしれない。『22時までに帰宅できるなら良いよ』と、あくまでも大人として、教師としての最低限の条件付きで返信を送った。
「やっぱこれは無理かぁ…」
仕事を片付けながら自分にも作れそうなメニューをあれこれと考えて、帰り道のスーパーに立ち寄り食材と睨めっこする。ネットで見つけたメニューは味はもちろん、見た目も美味しそうで良かったのだが、時間と手間を考えたら到底間に合わない。こんなことならちゃんと前もって準備するべきだった。浮かれている周りを余所に、テンションの変わらない、むしろ低いくらいの降谷を見ていたらあまりハロウィンには関心がないのだろうと思って油断していた。
結局、妥協に妥協を重ねたメニューで落ち着いてしまった。教室で目にした女子生徒たちが持っていたような可愛らしい焼き菓子には随分と程遠い。イメージしていたものよりも、かなり質素なものになってしまったことが残念でならない。冷やして固めたプリンなんて、きっと幼稚園児でも作れるはず。
簡単に盛り付けを済ませて、少しだけ落胆の溜息を吐いた時。突然のチャイム音と、インターホンに映る彼の姿に心臓が跳ねた。
「こんばんは、みょうじ先生」
扉を開ければ柔らかに微笑む降谷がいた。Vネックのカットソーにパーカー。年相応の服装ながらも彼が着るとどこか大人びて見える。そんな彼の手首を掴んで、さっと部屋の中に引き込んだ。
「あれ…先生、今日はやけに積極的ですね」
「違う!誰かに見られたら困るから」
分かっているくせに、そんなことを口にする彼は本当に意地悪だ。そんな時は決まってご機嫌が斜めな証拠。今日は何が原因かと、恐る恐る上目遣いで伺えば、彼は両手を広げて変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「はいはい…」
まるで聞き分けのない子どもの我儘を受け入れるかのように。仕方ないとばかりに、するりとその両手に収まるみょうじを降谷は力強く抱えた。
「先生…」
「ちょっと、降谷!?」
ぎゅうと音が出そうな程に抱きしめられて、距離を詰めすぎた彼の体から爽やかな石鹸の香りが漂い、鼻を掠めた。着替えるために一旦帰宅し、わざわざシャワーまで浴びてきたらしい。そこまでしなくても良いのに。たった数時間会うだけなのに、神経質に気を遣う彼に愛おしさが込み上げてくる。
「あんなにちょっかいを掛けられて……先生は僕のものなのに…」
嗚呼、やっぱりそういうことか。テンションが低かったのも、さっきの意地悪も。根源は全部そこ。授業中に彼と視線を絡ませる口実になって嬉しかった自分とは裏腹に、彼は嫉妬の想いでいっぱいだったらしい。降谷の若々しい独占欲がまたみょうじの心を満たした。そんな彼の気持ちを落ち着けるように、頭に手を伸ばして数度撫でる。首に掛かる彼の吐息が擽ったい。
「先生…」
「ん?なぁに?」
「…… Trick or Treat」
突如、耳元に届いたそのフレーズに少しだけ身体を離して降谷の顔を覗き込めば、それはまるでおやつを貰えなくて拗ねた子犬のよう。そんな彼の姿に思わず噴き出したみょうじに降谷はまたもや、むっとした表情で「…くれないんですか」と零す。あんなお菓子で彼の機嫌が戻るか自信はなかったけど、このままではますます急降下しそうだ。
「用意はしてるよ?気に入るかわからないけど…」
まだくっつきたがる降谷の腕を解いて、冷蔵庫から取り出したのは簡易的なプリンアラモード。冷やして固めたプリンをお皿にひっくり返して、生クリームとフルーツを乗せ、クリームの上にはカラースプレーのチョコレートを少しだけ振りかけた。二つあるのはお皿に返す時に角が欠けてしまったからだ。せっかくだから彼と食べようと、自分用に盛り付け直した。
「オーブンないし…俺、料理苦手だからこんなものしか作れなくて…本当はもっとちゃんとしたもの作りたかったんだけど」
取り出した二つのお皿を見ながら反応を示さない彼に不安になって矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。きっと彼が期待していたのはもっと違ったはず。それでも何か出来ないかと絞り出した結果がこれだった。
「先生」
「うん?」
「すっごい嬉しいです」
見上げた彼の口元は隠し切れないほどに緩み切っていて。思いも寄らぬ反応に次はこちらが言葉を失う番だった。
「一生懸命作ってくれたんでしょう?こんなものだなんて…とんでもないですよ」
「…それなら、良かったけど」
「これ、写真撮っといてもいいですか?」
満足気な降谷にとりあえず一安心。しかし、それならそうともっとちゃんと飾ればよかった。巻いたクリームは歪んでるし、フルーツの配置だってバランスが悪い。彼のことだから誰かに見せびらかしたりはしないだろうが、なんだか恥ずかしい。ズボンのポケットからスマホを取り出して写真を撮り始めた彼に何かしてやりたくて、パーカーの袖をくいくいと引っ張る。
「なんですか?」
「Trick or Treat」
「…え?」
きょろきょろと視線を彷徨わせた彼はスマホを置いた手で、上着やズボンのポケットを漁る。今の彼はかなりの軽装だから、何も持ってないだろうという推測だ。
「ないの?」
「ちょっと待ってください。あ、ありました…」
彼が取り出したのは可愛らしいピンクの包み紙に包まれた飴玉。如何にも誰かに貰ったままポケットに入れて忘れてました、と言った具合だ。包装紙が少しだけ皺になっている。溶けて包み紙にくっついて駄目になっているんじゃないかという心配を余所に、彼はくるくるとそれを解いて「大丈夫、まだ食べれそうですよ」とにっこり。別にお菓子が欲しかったわけじゃない。悪戯したかっただけなのに。
「はい、どうぞ」と唇に押し付けられて、仕方なしに素直に口を開く。甘いイチゴの香りを口いっぱいに感じながら、一言だけ「これからプリン食べるのに…」と毒づいた。
「いいんですよ、それ僕も食べるので」
「…え?」
どういう意味だなんて、聞く隙も与えられずに柔らかな唇が重ねられた。とんとんと舌先で刺激されて、思わず唇を開いた瞬間に侵入してきた生温かなそれに身体が強張った。 後頭部と腰を抱きかかえられて、身を引くことも許されない。それでもどうにか何かに縋りたくて、必死に降谷のパーカーを握りしめた。
「んぁっ……っ、ふ…」
押さえきれない唾液が溢れ出して口の端を伝う。それに気づいた降谷がじゅるりと舐めとって、挑発的に微笑んだ。
「先生…美味しい」
魅惑的な笑みと、唾液に濡れて光る唇に心臓がどくりと脈打ち、自分からその熱を欲して爪先を伸ばした。深くなる口付けに、荒くなる呼吸音。隠していた欲望をお互いにぶつけ、感じ合った。
気が付けば、イチゴの味は消えていた───。
Happy Halloween…!!
2018.11.01
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